犬の家畜化はいつ、どこで?という疑問
野生のオオカミとして生きていたイヌ科動物が、家畜化された「犬」として人間に飼育され始めたのがいつ頃どこで始まったのか、未だはっきりとは解明されていません。
犬の家畜化が始まった場所については現代の犬やオオカミのDNA解析から、中国、中央アジア、近東など複数の候補が挙げられています。
時期については、明らかに家畜化された犬の考古学的遺跡のうち最も古いものは、ユーラシア大陸で発見された1万4千〜1万5千年くらい前のものと考えられています。
明らかに家畜化された犬とは、現代のCanis familiaris=イエイヌにあたるイヌ科動物が人間と生活を共にしていることを指します。
イエイヌ以前の「dog-like wolves=イヌ様(いぬよう)オオカミ」と呼ばれる非常に古いイヌ科動物が、人間が住む集落近くに住んでいた痕跡は約4万年前にまで遡ります。
この動物がイエイヌの原型である可能性はありますが、この段階ではまだ家畜化された犬とは考えられていません。
世界各地で発見された遺跡の中の「明らかに家畜化された犬」に関する証拠から、犬の家畜化はおよそ1万5千年前というのがだいたいの目安となっています。
しかし、この度スペインのバスク大学の遺伝学や古生物学の研究チームが行なった調査によると、犬の家畜化はもう少し古い時代に始まっていたことが明らかになりました。
1985年に発掘された骨を再調査
バスク大学の研究者は、1985年にバスク州エララ洞窟で発掘されたイヌ科動物の上腕骨(前肢の肘と肩の間の骨)について、骨の持ち主の種を特定するため再検証を行いました。
1985年当時には、これがイヌなのかオオカミなのか、または別のイヌ科動物なのかを特定することは困難だったそうです。
研究者はこの骨の放射性炭素年代測定を行いました。炭素は地球上でありふれた元素であり、すべての有機物に含まれています。
これらの炭素のうち放射性炭素14Cという物質は放射性崩壊によって自然に減少していきます。そのため、ある物質に含まれる放射性炭素を測定することで、その物質の年代測定が可能になります。
さらにこの骨のDNA解析が行われました。シトクロムb遺伝子とミトコンドリアDNAハプログループの遺伝学的解析によって、この動物の種が特定されたとのことです。
再調査の結果から判った犬の歴史
上記のような調査の結果、この骨は17,410年〜17,096年前のものと測定されました。
またこの骨の動物は、上部旧石器時代(マグダレニア時代、1万7千〜1万1千年前)にヨーロッパに生息していたことがわかっている犬と共通するミトコンドリアDNAを持っていたことがわかりました。
つまり骨の主はCanis familiaris=イエイヌであり、1万7千年前にはすでにイエイヌが人間と暮らしていたことを示しています。
研究者はこの結果から、オオカミを飼い慣らし犬として家畜化することが、これまで考えられていたよりも早い時期にヨーロッパで起こっていた可能性に言及しています。
研究者は、約2万2千年前の最終氷期極大期(直近の氷河期の中でも地表を覆う氷の面積が最も大きくなった時期。氷河期のピーク)に旧石器時代の狩猟採集民がオオカミとのコンタクトを始めたのではないかと推測しています。
まとめ
1985年に発掘されたイヌ科動物の骨の年代とDNAを再調査したところ、約1万7千年前に初期のイエイヌが人間と暮らしていたことがわかったという調査結果をご紹介しました。
犬の家畜化が始まったのは、今まで考えられていたよりも早い時期だったという証拠が得られたことになります。
研究者が推測しているように、氷河期の最も厳しい時代に人間とオオカミの助け合いが始まり、それが現在の人間と犬との強い結びつきへとつながっているとしたら胸がワクワクしますね。
《参考URL》
https://doi.org/10.1016/j.jasrep.2022.103706