犬の行動修正、誰が?どんなふうに?効果は?
犬が人間にとって望ましくない行動をすることは、飼育放棄や周囲の人間への危険の原因となるだけでなく、犬への間違った接し方や健康上の問題が見過ごされているリスクなど、社会全体と犬の福祉にとって大きな問題を含んでいます。
これらの問題を解決する役割として、ドッグトレーナーやドッグビヘイビアリストなど犬の専門家の存在は重要なものです。しかし日本と同様にイギリスでも、これら犬の専門家は国家資格ではなく法的な規制はなされていないそうです。
そのため、どのようなタイプの専門家がどのような方法を使って行動修正をしているのか、そしてそれがどの程度の成果をあげているのかがはっきりとわかっていないそうです。
このたびイギリスのエディンバラ大学獣医科学部とマンチェスター・メトロポリタン大学の研究者が、愛犬の行動修正を依頼したことのある飼い主を対象にしたアンケート調査を行い、これらの問題について考察した結果を発表しました。
日本の犬の専門家事情と共通する点も多く興味深い内容となっています。
行動修正を依頼したことがある飼い主へのアンケート調査
調査に参加したのは、過去に犬の専門家に愛犬の行動修正を依頼したことのある235名の飼い主でした。犬の専門家とは獣医師、トレーナー、ビヘイビアリストなどです。
ビヘイビアリストは日本語では動物行動学者と訳されることもありますが、日本でもイギリスでも学問としての動物行動学を修めていない人でもビヘイビアリストを名乗ることができるため、ここではビヘイビアリストという言葉を使います。
回答者が愛犬の行動修正を依頼した相手は、獣医師4名、トレーナー146名、ビヘイビアリスト85名と、トレーナーが62%を占めていました。
専門家の相談した犬の行動の上位3つは「他の犬や動物に対する攻撃性28.6%」「服従に関すること21.79%」「犬の恐怖心14.01%」で、全体では専門家の助けを求めた理由の55%が攻撃性に関連するものでした。
ほとんどの人が複数の望ましくない行動を報告しており、それらの組み合わせにはある共通するパターンが見られました。
例えば「分離不安と恐怖心」「恐怖心と騒音への恐怖」「服従の欠如と騒音への恐怖」は有意に多く見られた組み合わせでした。服従の欠如と音への恐怖についてはさらに研究が必要だということです。
行動修正の成果について、回答からはトレーナーとビヘイビアリストの間に大きな違いは見られませんでした。
行動修正の方法では「報酬ベース(トリーツなど犬への報酬を使ったトレーニング)」と「バランス型(犬への報酬と罰の両方を使ったトレーニング)」が挙げられていました。
ビヘイビアリストを名乗る人はドッグトレーナーに比べて「報酬ベース」のトレーニング方法を用いる傾向が有意に強いこともわかりました。
犬の専門家に関するアンケートから見えてきた問題点
前述したように、この調査では獣医師の紹介で犬の行動修正を行う人をビヘイビアリストと定義したのですが、寄せられた回答から「獣医師の紹介を通さずに行動修正をしている人」がビヘイビアリストを名乗っている場合も多くあることが明らかになりました。
犬の望ましくない行動の上位5つを占める主要なものについて相談する相手として、トレーナーもビヘイビアリストもほぼ同じ割合で回答されていました。これは法的な規制がないために両者の違いが明確になっていない可能性を示しています。
過去の研究では犬や猫の望ましくないとされる行動のうち、最大80%は健康上の問題や痛みが一因であることが示されています。
そのため「獣医師の紹介を通して犬の行動修正をするのがビヘイビアリスト」という定義が実情に沿っていないことは犬の福祉にとってリスクになります。
獣医師の関与がなければ問題となる行動が病気や怪我のせいだと認識できずに、症状を悪化させる可能性があるからです。
研究者は特にドッグトレーナーが「バランス型」と呼ばれるトレーニングで犬への罰を使っていることを懸念しています。
攻撃性だけでなく問題行動全般が罰の使用によって増加することが既にわかっているからです。問題となる行動が痛みなどから来ている場合には懸念はさらに深刻なものとなります。
イギリスでは現在、犬の専門家に関する法的規制の制定に向けた動きがあり、それぞれの肩書きの専門家が持つべき知識やスキル、それらを認定や認証によって明確にすることで犬の行動修正を必要とする人が安心して相談でき、犬の福祉の改善にもつながります。
今回の調査は飼い主からの視点のみをベースにしており、専門家の定義も個々の飼い主の解釈によるものなので、今後さらに広範囲な調査が必要だということです。
しかし犬の行動修正について獣医師が果す役割を明確にする必要性、ドッグトレーナーやドッグビヘイビアリストの認定や認証を法的に定めることの重要性を示すことについては参考になる結果が得られたと言えます。
まとめ
イギリスで愛犬の行動修正を専門家に依頼したことがある人へのアンケート調査から、犬の専門家を法的に規定する必要性がさらに明らかになったという結果をご紹介しました。
日本でもドッグトレーナーやドッグビヘイビアリストは国家資格ではなく、法的な規定がありません。この「明確な規定がない」ということがなぜ犬の福祉に悪影響なのかが、このエディンバラ大学の調査結果からもわかります。
日本でも今すぐに法規制をというのは難しいことですが、少なくともこの調査結果から望ましくない行動の裏に病気や怪我が隠れていないかを受診、どのような手法を使う専門家を探せばいいのかが読み取れます。
《参考URL》
https://doi.org/10.1016/j.jveb.2022.11.011