犬に優しい国ネパールだが...
ネパールは野良犬の多い国のひとつとして知られています。他のアジアのいくつかの地域と同じように、ネパールでは飼い主の決まっていない野良犬も地域の人によって食べ物を与えられており、人間によく馴れて穏やかに暮らしている犬がほとんどです。
ヒンズー教のお祭りである「ククル・ティハール」の日には、飼い犬も野良犬も全ての犬が分け隔てなく祝福されます。犬たちのおでこには神の祝福を表す赤い印、首には花飾りがつけられ、ご馳走が与えられます。
このようにネパールでは野良犬も大切にされています。一方この国には多くの野生動物も生息しており、そのうちのいくつかは絶滅の危機に瀕しています。
野生動物の生息地である国立公園付近の野良犬が伝染病を持っていると、これら野生動物に大きな影響を及ぼす恐れがあります。
野生動物への影響を調査するため、ネパールの半官半民団体である自然環境保全基金が中心となった研究チームが、チトワン国立公園の緩衝地帯で自由に暮らしている犬を対象に伝染病の抗体検査を実施しました。
この国立公園にはベンガルトラ、インドサイ、ヒョウ、ドール(アカオオカミ)、ナマケグマなどが暮らしています。
野良犬たちのジステンパーとパルボの高い有病率
研究チームは獣医師と野生動物保護官を含むチームを組んで、2つの地点で合計163頭の犬の血液サンプルを採取しました。犬たちはスプレーでサンプル採取済みの印を付けられ、ワクチン接種をして再び放されました。
血液サンプルから、イヌジステンパーウイルスとイヌパルボウイルスの抗体検査が行われました。その結果、ジステンパーでは17%、パルボでは33%の血清有病率が示されました。
これは検査期間中の6ヶ月の間に両ウイルスが2つの地点の両方で流行していることを意味します。
野良犬からジステンパーとパルボが検出されたことは、国立公園に生息する絶滅危惧種の肉食動物、特にトラ、ヒョウ、ドール(画像)に危険をもたらします。
2019年に行われた別の調査では、ヒマラヤの野生動物の生息地であるアンナプルナ保全地域で犬のジステンパーウイルスの検査をしたところ、70%の犬から過去の曝露を示す抗体が検出されたという結果が出ています。この結果からはレッサーパンダやユキヒョウへの影響が懸念されています。
伝染病の他にも野生動物への悪影響を確認
野良犬や放し飼いの犬が野生動物に及ぼす悪影響は伝染病だけではありません。ネパールでも隣国のインドでも犬が群れを組んで野生動物を捕食していることが確認されています。
大型の肉食獣などは犬の捕食対象ではありませんが、野生動物が捕食するはずの草食動物を犬が食べてしまうと食物連鎖に乱れが生じます。また獲物となった草食動物を通じてジステンパーなどのウイルスや寄生虫が媒介される恐れもあります。
犬から野生動物へという感染経路だけでなく、野生動物から犬を通じて人間へのウイルス感染も考えられます。
研究チームは今後も野生動物からのサンプル採取による検査、動物の死骸の検査などを継続していくと述べています。
野良犬については他の研究者が、不妊化手術の徹底とワクチン接種そして他の地域からの犬の持ち込みを制限することで、リスクを軽減できる可能性に言及しています。
まとめ
犬に優しい国として知られるネパールで国立公園近辺の犬の抗体検査をしたところ、ジステンパーとパルボの流行が確認され、野生動物への影響が懸念されているという調査結果をご紹介しました。
人間の社会に順応した上で自由に生きているように見えるかの地の犬たちですが、このような調査結果を読むと、やはり犬は家畜化された生き物であること、犬たちが自然環境に及ぼす影響まで含めて人間には責任があることを改めて痛感させられます。
地域で暮らす犬であれば、自分で狩をする必要がないよう給餌され、不妊化手術とワクチン接種さらに寄生虫駆除が必須です。日本での地域猫活動にも通じる部分がありますね。
《参考URL》
https://papers.ssrn.com/sol3/papers.cfm?abstract_id=4191609
https://doi.org/10.1371/journal.pone.0220874