ペットの存在と心の健康
ペット(中でも特に犬)を飼うことは、心と身体の健康の両方に良い影響を与えると多くの人が考えており、心理学や精神医学の研究も数多く行われています。
ペットがいると孤独感が軽減され気持ちの落ち込みが楽になるというのは多くの人が実際に経験していることでしょう。
しかし一方でペットの存在が心の負担になり、メンタルヘルスに悪い影響を与えるという研究結果も報告されており、ペットが心身の健康に良いというのは必ずしも当てはまるわけではありません。
ペットの存在とメンタルヘルスの研究として、先ごろドイツのザールラント大学の心理学の研究チームが行った調査があります。
愛犬への感情的愛着とメンタルヘルスとの関係において人間への愛着はどのような役割を果たしているのかに焦点を当てた調査で、その結果が報告されました。
「犬と飼い主の関係」と「他の人への愛着」の関連を調査
過去にペットへの愛着とメンタルヘルスの関係を調査した研究はいくつかあります。ある研究では、ペットへの愛着が強い人ほど孤独感や落ち込みのレベルが強いことが報告されており、このようなペットへの愛着とメンタルヘルスのネガティブな関係は他にも報告されています。
今回のザールラント大学の調査では、犬と飼い主の関係だけでなく飼い主が他の人間に向ける愛着についても質問による評価が行われました。
調査はオンラインアンケートの形で実施されました。犬の飼い主向けのサイトやSNSで調査のためのリンクを配布して参加者が募集され、ドイツ在住の犬の飼い主610名が質問票に回答しました。アンケート調査の常ですが、回答者の大部分(93%)が女性でした。
質問票は回答者自身と愛犬についての基本データの他に、ペットへの愛着を測定する定型の尺度と、人間への愛着を測定する定型の尺度、精神的な疾患、不安症状、精神的負担についての項目がありました。
人間への不安定な愛着とペットへの強い愛着は関連する
回答を分析した結果、愛犬への愛着が強い人ほど次のような傾向が見られました。
- 精神的な疾患や苦痛の症状を報告する割合が高い
- 他の人を頼ることに対する安心感が低い
- 拒絶されたり愛されないことに対する不安が強い
これらを総合すると、愛犬への愛着が強い人ほどメンタルヘルスへの負荷が高く、他の人への愛着が不安定であることを示しています。
この研究は「人間に対する不安定な愛着が、ペットに対するより強い愛着に関連する」という相関関係を調査したもので因果関係を示すものではありません。
その上で、研究者は「愛犬に対するより強い感情的愛着は、幼少期に他の人と安定した関係を築くことができなかった人々の代償的愛着戦略を反映しているのかもしれない」と述べています。
人間への愛着が不安定な人は、より信頼性が高く脅威を感じさせない動物と親密な関係を築く可能性を指摘しています。
これは過去の研究で「ペットへの愛着は、人間への愛着よりも一般的に安全である」と評価する人が多いことや、不安定な愛着を持つ子供は、ストレス下において人間よりもセラピードッグからより多くの恩恵を受けるという結果とも一致しています。
この調査では回答者が女性に偏っていることや、質問票では犬への愛着の強さは測定されたが愛着スタイルについては評価しなかったことなどから、ペットへの愛着と精神の健康との関連性についてさらに研究が必要だとしています。
まとめ
ドイツで行われた調査から「人間への不安定な愛着は、ペットへのより強い感情的愛着に関連している」という報告をご紹介しました。
これはペットへの強い愛着が周囲の他の人間との愛着に悪影響を及ぼすと言っているわけではありません。
ペットへの強い愛着が過去のネガティブな経験への反応として発達したものなのか、何らかの代償戦略であるとすれば、それはその人の心理的な幸福に良いことなのか悪いことなのかを知ることがメンタルヘルス研究には必要です。
過去の経験については個々人によってさまざまですが、「動物への愛情は裏切られないという感覚は確かにわかる」と考えさせられる調査結果でした。
《参考URL》
https://bmcpsychiatry.biomedcentral.com/articles/10.1186/s12888-022-04199-1