同じ環境で暮らすオオカミと犬を比較する研究施設
オーストリアのウィーン獣医科大学にはウルフサイエンスセンターというリサーチ施設があります。
ウルフサイエンスセンターでは同施設で生まれ育ったオオカミと犬、他の保護施設から引き取られた犬が飼育されています。オオカミと犬はそれぞれの種の小グループ単位で暮らしています。
ウルフサイエンスセンターは、このように同じ環境で飼育されているオオカミと犬を研究するという貴重な機会をオープンに提供しており、ウィーン獣医科大学はオオカミと犬を比較したユニークな研究を数多く発表しています。
この度はオオカミと犬の1日の時間の使い方を比較し、家畜化が犬の時間の使い方に及ぼした影響について検証した調査結果が発表されました。
オオカミと犬の群れの活動スケジュールを観察
この研究では7つのオオカミの群れと4つの犬の群れが1年に渡って観察されました。オオカミの群れは合計16頭(オス11頭、メス5頭、平均年齢7歳)、犬の群れは合計11頭(オス5頭、メス6頭、平均年齢6歳)です。
全ての動物が生後10日から人間の手で飼育されており、研究開始時の年齢は2〜10歳でした。
オオカミたちの食餌は豚や鹿などの死骸が3日に1度与えられます。犬たちの食餌は少量の肉を加えたドライフードが1日2回与えられます。オオカミも犬も子供の頃からトレーニングを受けており、毎週何らかの行動テストに参加しています。
調査前の仮説として犬はオオカミよりも活動的であろうと予想されました。野生動物であるオオカミは効率的な行動が求められ、犬は家畜化によって行動効率の必要性が低下したからというのが予想の理由です。
研究者は休息や採食など主要な行動カテゴリーをピックアップし、オオカミと犬がそれぞれの活動に費やした時間の割合を算出しました。
犬の行動に強く影響を及ぼす外的因子とは?
オオカミと犬たちが活動に費やす時間の割合の違いは、当初に予想したよりもかなり微妙なものでした。全体的にはあまり大きな違いがなかったのです。
オオカミも犬も季節ごとの日照時間や気温によって時間の使い方が異なり、この点は両者ほとんど同じでした。つまり季節による行動の変化は家畜化の影響を受けなかったことが示されました。
オオカミが犬よりも多く時間を割いた行動カテゴリーは、睡眠、歩行、発声でした。反対に犬がオオカミよりも多く時間を割いたのは採食、座位でした。
全体の時間のうち非活動的な行動に割いた割合は、オオカミは75%、犬は78.5%で「犬はオオカミよりも活動的だろう」という予想は覆されました。
しかし、オオカミと犬の行動で有意に違っていた点もありました。それは彼らの周辺に人間がいた時です。オオカミも犬も周辺に人間がいると活動が増加したのですが、犬は人間がいる時の活動の増加がオオカミよりも顕著でした。
犬は人間が周辺にいると、歩き回る、小走り、発声などの行動が増え、人間がいない時には休息の行動が増えました。オオカミも人間がいると歩く行動が増えたのですが、人間がいない時に発声などの社会的行動が増えました。
これらのことは、人間が側にいる時に犬はオオカミよりもリラックスしているという過去の研究結果とも一致します。
このように人間の存在はオオカミと犬の行動に影響を与える外的因子のひとつであることがわかりましたが、犬にとっては人間の存在の重要性がより強いことが示されました。
まとめ
同じ環境で生活しているオオカミと犬の活動スケジュールは予想したよりも大きな差がなかったが、人間の存在はオオカミよりも犬の活動に大きな影響を与えたという調査結果をご紹介しました。
オオカミは野生の状態よりも人間に近い生活を、犬は家庭犬よりも人間から独立した生活をしていても、家畜化によって人間の存在が犬の行動に影響を与える重要な因子である点は変わらないことが示されたと言えます。
犬と人間が共に過ごしてきた時間の重みを感じさせられますね。
《参考URL》
https://doi.org/10.1016/j.anbehav.2022.05.009
https://www.wolfscience.at/en/