VRの犬は実用的に利用できるのだろうか?
犬による咬傷事故は身体上はもちろんのこと心理的な面でもダメージになるため、咬傷事故の防止は公衆衛生上の重要な課題です。
また犬が人を咬むという行動は恐怖から来ていることが非常に多いため、人間が犬への接し方を学ぶことで多くの事故が避けられます。
文章や映像だけでなく実際に犬と関わり合うことで学べる点は多いのですが、犬が怖い人、犬への訓練、犬への負担などの条件を考えると、実行が難しい場合もあります。また攻撃的な行動を示す犬を教育などに関わらせることは不可能です。
そこでバーチャルリアリティ(VR)の犬の利用が提案されるのですが、バーチャル犬との関わり合いに対しての人間の反応も調査する必要があります。イギリスのリバプール大学とバーチャルエンジニアリングセンターの研究チームが、この点を検証した結果を発表しました。
2種類のバーチャル犬シナリオに参加者の反応を検証
調査に参加したのは16名の大学生で、事前のアンケートにより次のようなことがわかっていました。
- 過去または現在、7年以上犬を飼った経験がある 10名
- 犬に直接触れる仕事をしている 2名
- 犬に咬まれたことがある 3名
- 犬と一緒にいることは楽しいと感じる 14名
- 犬と一緒にいるとリラックスする 13名
- 犬と一緒にいることに警戒心を持たない 13名
- 犬の攻撃的な行動を認識できると考えている 15名
- 犬の恐怖心を認識できると考えている 13名
- 犬がリラックスしていると認識できると考えている 15名
バーチャル犬の行動は「リアクション無し」「攻撃的反応」の2つのシナリオが用意されました。
リアクション無しのシナリオでは参加者の行動に関係なく、犬は時間の経過と共に歩いたり寝そべったりというニュートラルな行動を示します。
攻撃的な反応のシナリオは、実際の犬の攻撃的行動の10段階に基づいており、参加者の行動によってバーチャル犬の行動も変わります。
全ての参加者はレベル0から開始し、犬への接近距離や接近のスピードによって犬の反応が決定します。レベルが高くなると攻撃性が上がり最終段階のレベル9ではVR内で犬に咬まれたことを示す画面の振動が起こります。
どちらのシナリオでも犬の全ての行動は現在の犬の生態学に基づいており、専門家の助言を受けたものです。このような設定で参加者はVRの犬と関わり合う体験を持ち、その後アンケートに回答しました。
VRの犬モデルの利用可能性を示した結果
参加者に犬の行動について何か気づいたことがあるかどうかという質問では、どちらのシナリオでも体全体、または体の一部の動きについて言及していたものが目立ちました。また犬の行動についての感情の表現も多く見られました。
リアクション無しシナリオでは、尻尾を振ったことに注目する参加者が多数でした。攻撃的シナリオでの犬の行動について記述式での回答では攻撃的行動の第一段階である「口周りを舐めた」と記述した回答者は誰もおらず、おなじく第一段階の「前足を上げた」と答えた回答者は2名でした。
しかし記述式の後の選択式の回答では、口周りを舐める行動があったことを約半数の参加者が選択しました。選択式では全員が前足を上げる行動を選んでおり、この行動が攻撃性を結びつけている参加者が少数であったと考えられます。
攻撃的反応のシナリオでは、犬が攻撃的になっていると感じたら参加者はいつでも止めることができたのですが、犬が歯を見せるというレベル7以前に止めた参加者は1名のみでした。参加者のうち3名がレベル9で犬に咬まれるという段階に達しました。
参加者は攻撃的シナリオに比べてリアクション無しシナリオの時に犬に有意に接近し、自分に対する脅威が少ないと認識していました。
これは一見当たり前のように感じますが、参加者はVRの中で現実の世界と同じように行動していたことを示しており、VRの実用性を裏付けるものです。
参加者が犬の行動と感情を結びつけて表現していたことも、バーチャル犬との関わり合いが現実世界で予想されるものである傾向を示します。VR環境にさらされることで乗り物酔いに似た症状が起こるシミュレータ酔いも問題になりませんでした。
これらの結果から、バーチャルリアリティの犬モデルは、犬恐怖症の治療、犬の安全教育、犬の存在下での人間の行動研究などに将来的に利用する可能性があることが示されました。
まとめ
バーチャルリアリティの犬との関わり合いを2種類のシナリオで検証した結果、参加者は現実の犬の場合に予想されるような行動を取り、バーチャル犬をリアルに感じていたという調査結果をご紹介しました。
VRを使うことで、安全で効果的に犬との関わり合いに慣れたり学んだりする機会が増えるのは、テクノロジーの有効な使い方の一例と言えます。
特に犬にあまり関心がない人や、犬との経験のない子供たちの、知識を持たないがゆえの危険な行動をを防ぐためにはVRを使ってゲーム感覚での経験が有効だと思われます。
《参考URL》
https://doi.org/10.1371/journal.pone.0274329