視覚からの刺激は脳にどのように働きかけるのだろう?
犬の脳の働きについては近年多くの研究が行われ、さまざまなことが明らかになって来ています。
これらの研究に大きな役割を果たしているもののひとつに、磁気共鳴機能画像法(fMRI)があります。MRI装置を使って人や動物に大きな負担をかけずに脳の活動を調べる方法で、一般的には単にMRIと呼ばれることが多いものです。
しかし、犬の脳の活動を調べるためには麻酔下ではない意識のある状態でいることが重要です。
アメリカのエモリー大学の心理学者グレゴリー・バーンズ教授は、犬がMRI装置の中で心地よく伏せの姿勢を取っていられるよう訓練し、犬を拘束せず意識のある状態でfMRIの画像撮影を成功させた草分け的存在です。
そのエモリー大学のバーンズ教授の研究チームが、ビデオを見るという視覚からの刺激を得た犬の脳の反応をfMRIを使って調査した結果が発表されました。
日常生活のビデオを見た犬と人間の脳を調査
この調査実験に参加したのは2頭の犬と2名の人間で、30分間のビデオを見ている時の脳の反応がfMRIを使って記録されました。犬は研究チームによってfMRI撮影の訓練を受けた犬たちの中の2頭です。
通常の実験ではもっと多くの犬が参加するのですが、30分間ビデオをじっと見るというセッションを合計3回行う集中力と気質を備えていたのがこの2頭だけだったそうです。
ビデオの内容は研究チームによって撮影された、犬の日常的な生活のさまざまなシーンです。
1頭の犬が登場し、散歩、食事、遊び、人間とのやりとり、他の犬とのやりとり、動く自動車やバイク、歩く猫や鹿など犬以外の動物、カメラに向かって差し出されるおもちゃやボールなどの映像が含まれます。
ひとつの視覚刺激(例えば「食事」「猫」)ごとに7秒間1シーンとして編集されており合計256シーンの映像データが使用されました。
犬は設置された特製のアゴ乗せ台を使って伏せた姿勢で、人間は横たわった状態でMRI装置の中のモニターに前述のビデオが音声は無しで映し出され、ビデオを見ている間の脳の反応がfMRIによって記録されました。
犬と人間では脳の反応が大きく違っていた!
画像撮影された脳の反応は、ビデオのシーンが「犬、人間、車、おもちゃ」など物体がベースであるか、「食べる、走る、嗅ぐ」など行動がベースであるかによって分類されました。
これらの分類をニューラルネット(脳内の神経細胞のネットワーク構造を模したモデル)に機械学習させ、ニューラルネットがそれぞれ「物体ベース」または「行動ベース」と分類した脳の反応と、実際にその反応を示した時に見ていた映像のデータの答え合わせを行いました。
その結果、人間の参加者2名ではどちらの分類も偶然を大きく上回る正答率を示したのに対し、犬の場合は行動ベースの分類のみが高い正答率を示していました。
これは人間の脳は「あ、猫だ」「ボールだな」と物体そのものにも「車が走っている」と物体の行動にも関心を示すのに対し、犬はそこに何があるのかにはあまり関心がなく、物体の動きの方により大きな関心を示すということです。
この違いは犬と人間の視覚システムの違いにも関連します。犬は人間よりも識別できる色がずっと少ないけれど、動きを感知する能力は人間よりも高いものです。自然の中での動物は他の動物に食べられないよう、また他の動物を狩ることができるように行動や動作に対して脳が強く反応することが示されています。
また今まで犬の視覚と脳の反応を調べた実験では、ニュートラルな背景に人や物が写っている静止画像が使われていましたが、今回のように日常生活の自然な映像が有効であったことは今後の犬の神経科学において色々な可能性を感じさせるものです。
まとめ
日常生活のさまざまなシーンのビデオを見た犬の脳の反応をfMRIで画像撮影したところ、犬の脳は物体そのものよりも物体の動きや行動に強い反応を示すことがわかったという調査結果をご紹介しました。
このように犬の心の動きが科学によって明らかになることは、犬のトレーニングや日常生活をより良いものにする上で大いに役立ちます。「犬の脳は物の動きに強く反応する」と知っておくことは、私たちと犬との暮らしの助けになるのではないでしょうか。
《参考URL》
https://www.jove.com/t/64442/through-dog-s-eyes-fmri-decoding-naturalistic-videos-from-dog