神話を分析して犬の家畜化を調査
ご存知の通り、犬は人類にとって最も古い付き合いの動物です。野生のオオカミを家畜化したことが人間と犬との歴史の始まりですが、その家畜化がいつ頃どこで起こったのかは未だに明らかになっていません。
犬の家畜化についての研究は、考古学や遺伝学の観点からDNA分析の手法などを用いて幅広く行われていますが、このたびフランスから全く新しい視点での犬の家畜化研究についての報告が発表されました。
この研究はフランス大学の歴史学者によるもので、世界各地に残された神話の中の犬にまつわる物語を分析することで、人間と犬との関わりの歴史を明らかにしようという試みです。
犬の神話の拡散ルートと犬の家畜化のルート
歴史学者の中には、神話など物語の伝承の軌跡を辿って人類の移動の歴史を追跡することについて、伝承の途中で物語が変わっていくことを考慮すると信頼性が低いと考える人もいるそうです。
しかしこの研究者は、多くの文化の起源となる物語において犬は主役的な存在であり、神話は文化のアイデンティティの中心であるため物語の中でも不変の部分で、時を経てもぶれることなく安定していると考えています。
生物学で生物の進化の道筋を示す家系図のような図を『系統樹』と言います。研究者はこの手法を使って、世界の犬にまつわる神話の系統樹を作成しました。
この系統樹では神話の犬のモチーフの起源は中央アジアと東アジアから始まり、ヨーロッパやアメリカ大陸に伝わって拡まり、次にオーストラリアやアフリカへと拡がっています。
この犬に関する神話の伝播のルートは、遺伝子と化石の証拠が示す犬の家畜化のルートと並行していることがわかりました。神話の中の犬が遺伝学や考古学の知見を裏づけたと言えます。
世界各地にある神話の中の犬のモチーフ
研究者は神話の中の犬のモチーフについて、次のような3つの核となるストーリーラインがあることを発見しました。これらは世界中の多くの文化圏で見られます。
1.犬を死後の世界と結びつけるもの
各地の古代神話では、犬を死後の世界の案内人、死後の世界の支配者、死後の世界の番人とするものが多くありました。
このことは、人類の祖先がオオカミを家畜化したのはスピリチュアルで象徴的な理由からであったことを示すと研究者は仮説を立てています。一般的に考えられている狩猟のパートナーとして家畜化が始まったのではないというのは斬新な説と言えます。
2.人間と犬との強い結びつきを示すもの
ここでいう結びつきとは結婚など非常に強いものを指しています。男女を問わず人間が犬と結婚するというモチーフは神話の中に数多く見られました。
人間と結婚する生き物は犬と人間両方のキャラクターを持っていることもあり、最も多いのは犬の頭と人間の男性の体を持つものでした。
- シリウス星と犬を関連づけたもの
おおいぬ座の中心であるシリウス星と犬を関連づけたモチーフも数多く見られました。シリウス星は地球から見て最も明るい星と言われるほど夜空に目立つ星です。
シリウスという名はギリシャ神話から由来していますが、古代カルデア(現在のイラク)、古代中国、北米の先住民族、アラスカのイヌイットなど多くの古代文化圏がシリウスを犬またはオオカミに関連づけています。
このように違う文化圏の神話に非常によく似た犬のモチーフが使われています。犬の家畜化が拡まったのと同じルートでこれらのモチーフも拡まったようです。
まとめ
世界各地の古代神話の犬にまつわる部分の系統樹を作ったところ、その起源は中央〜東アジアで、犬の家畜化のルートと犬の物語の伝播のルートは並行していたことがわかったという歴史学者による研究をご紹介しました。
犬という生き物といっしょに犬の物語も伝わっていったということですが、違う文化圏でも同じようなモチーフが受け入れられているのは、犬という生き物が人間の社会や感情に強く結びついている証とも言えます。
犬が登場する世界の神話を探して読んでみたくなる研究結果です。
《参考URL》
https://doi.org/10.5252/anthropozoologica2022v57a7
https://www.sciencenews.org/article/dog-domestication-origin-mythology-history