犬も感情の動きで涙が出ることがあるのだろうか?
私たち人間は何らかの理由で感情が大きく動いた時に涙が溢れることがあります。同じようなことは他の動物にも起こるのでしょうか?このような疑問について調査した初めての研究の結果が麻布大学獣医学部の研究チームによって報告されました。
この研究のきっかけとなったのは、研究チームを率いる菊水教授の愛犬が6年前に出産した時の様子からだったそうです。母犬が子犬の世話をしている時に、母犬の目の涙の量が増えているのに気づいたということです。
調査のための実験に先駆けて研究チームはまず次のような仮説を立てました。
- 仮説1 犬は飼い主と再会した時に涙を分泌する
- 仮説2 涙の分泌はオキシトシンを介して起きる
- 仮説3 犬の目の涙は人間の「世話をするという行動」を促進する
飼い主との再会時の仮説を検証する実験結果
最初の実験には犬のデイケアセンターに預けられている18頭の犬が参加しました。まずベースラインとして、犬が飼い主と一緒に自宅にいる時の涙の量が測定されました。次にデイケアで飼い主と5〜7時間離れた後、そして飼い主との再会5分以内の涙の量が測定されました。
また同じ条件で飼い主と再会した時、飼い主ではない親しい人と再会した時の涙の量も測定されました。
涙液分泌量の測定にはシルマー試験紙を使ったテスト(目の端に試験紙を目の涙点上にはさんで試験紙の濡れた部分の長さを測定)が実施されました。
涙の分泌量のテストの結果は非常に明白でした。飼い主との再会時の涙液分泌量はベースラインとなった自宅にいる時よりも有意に多いものでした。
また、飼い主ではない人と再会した時には涙液の増加は見られませんでした。涙の量が有意に増えたのは飼い主との再会時だけだったということです。
涙とオキシトシン、涙と人間の行動の関連を検証した結果
涙の分泌とオキシトシンとの関連についても検証されました。オキシトシンは脳の視床下部で作られて下垂体から分泌されるホルモンのひとつで、俗に「愛情ホルモン」とも呼ばれます。
犬が飼い主を見つめ、飼い主がそれに応えて犬を撫でたり抱いたりすると犬と人間の双方でオキシトシンの分泌が増えることがわかっています。
オキシトシンが犬の涙液分泌に果す役割を調べるため、22頭の犬にオキシトシンを点眼した時、対照としてペプチドを点眼した時の涙の量が測定されました。ペプチドはオキシトシンと同じアミノ酸から成るが配列が違うものです。
2つの点眼後の結果もまた明白でした。オキシトシン点眼から5分後の測定では涙の量が有意に増えていましたが、ペプチドの点眼では涙の量に変化はありませんでした。この結果は、飼い主との再会時に犬の涙の量が増えるのはオキシトシンの分泌が関わっていることを裏付けています。
仮説3の検証実験には74名の人が参加しました。この人たちは同じ犬の2種類の画像を見せられ、「世話をしたい、触れてみたい」から「怖い、避けたい」の間の5段階で評価をするよう依頼されました。
犬の写真のうち1つは何もしていない通常の顔、もう1つは人工涙液を点眼して目が潤んだ状態の顔です。8頭の犬の16の画像が使用されました。
人工涙液で目の潤んだ犬の画像は、涙のない通常の状態よりも有意に「世話をしたい」という評価を多く得ました。涙が「世話をしたい」という感情や行動を引き起こす理由は今のところわかっていませんが、犬の涙が犬と人間の絆を深めるのに役立っている可能性が示されました。
まとめ
犬は飼い主と再会した時に涙の分泌量が増えること、その涙の分泌にはオキシトシンが関連していること、人間は犬の目が涙で潤んでいると「世話をしたい」と感じるという研究結果をご紹介しました。
今回の研究では、犬は「うれしい」というようなポジティブな感情で涙の量が増えることがわかりましたが、ネガティブな感情が涙の量に影響を及ぼすかどうかはまだわかっていないそうです。また他の犬と再会した時に涙の量がどうなるのかもまだわかっていません。
しかし涙が犬と人間との関係に大きな役割を果たしていることは確かなようです。今後さらに新しい報告が届くのが楽しみですね。
《参考URL》
https://doi.org/10.1016/j.cub.2022.07.031
https://www.sciencedaily.com/releases/2022/08/220822130249.htm