理学療法と犬のQOLの関連を調査
医療や介護の場でQOLという言葉を見聞きしたことがある方は多いと思います。QOLとはQuality of Lifeの頭文字を取ったもので日本語では「生活の質」と訳されることが多いです。
人間だけでなく動物についてもQOLの評価が重要であるという認識が高まっています。動物のQOLは、動物の身体面と精神面両方の痛みや苦しみ、生活全般が安全かどうか、自由がどの程度確保されているのか、総合的に見て幸せかどうかを評価します。
この度、イタリアのミラノ大学獣医科学の研究チームが、犬が理学療法を受け始めた時と終了した時のQOLを測定し、獣医師が診断した症状の評価と照らし合わせた結果を発表しました。
理学療法を受けている犬をサンプルとして研究
調査のためのサンプルとなったのは整形外科的疾患、神経疾患、加齢性疾患の治療のために理学療法センターに連れて来られた犬の中から選ばれた20頭の成犬です。理学療法とは怪我や病気で運動機能が低下した状態に対し運動、温熱、電気、水、光線など物理的手段を用いて行われる治療を指します。
対象となった犬たちが受ける理学療法の種類(ハイドロセラピー、レーザー治療、マッサージ、高周波治療など)や、治療期間は獣医師によって設定されました。また、犬の症状の重症度、食欲、活動レベル、跛行(正常な歩行ができない状態)、痛みのレベルも獣医師によって記録されました。
犬のQOLについては飼い主が質問票に回答することで測定されました。理学療法の初診時と療法終了時に、QOL測定のために標準化された質問票への記入が依頼されました。この回答結果から犬の身体的、心理的、社会的、環境的なQOLのレベルがわかります。
治療の結果改善された犬のQOLとは
獣医師の記録と飼い主によるQOL質問票の回答を照らし合わせた結果、予想に反して身体的、社会的、環境的なQOLのレベルは初診時と治療終了時で大きな違いが見られませんでした。
身体的なQOLに関する質問では聴覚や視覚に関するものも含まれており、これらは理学療法とは関係がないため、スコア全体に影響したことが考えられます。
社会的なQOLについては、正常に歩けない状態が他の犬との遊びや散歩などに大きく影響していました。しかし社会的QOLの項目には飼い主と過ごす時間やトレーニングのスタイルに関するものもあり、家庭の外での社会的な活動が減った分、家庭内での社会的関わりが増えたことが社会的QOLスコア全体では大きな差がなかったことにつながると考えられます。
環境QOLには家の中でのアクセスや散歩時のツール(ハーネスやカートなど)が項目に含まれますが、これらは療法を受ける初診時には整えられていた可能性が高いことがスコア全体に大きな差が出なかったことにつながると考えられます。
しかし心理的なQOLについては、理学療法の開始時と終了時を比べると有意に改善されていました。またこれは獣医師による症状の改善の診断とも一致していました。心理的なQOLの改善とは恐怖や怒りなどのネガティブな感情を表すことが減り穏やかになったことを示します。
過去の多くの研究でも、犬の問題行動には身体的な痛みが大きく関連していることが指摘されています。一説には問題行動の約8割は身体的な痛みや不快感から来ているとも言われています。
この研究では理学療法が犬の心理的QOLを改善することを明らかにしました。研究者はこの結果を受けて、犬がイライラしたり怒りっぽくなった時や隠れたり引きこもったりするようになった時には、身体検査で痛みのスクリーニングをすることの必要性を強調し、特に騒音に対して過敏な犬は定期的に痛みのスクリーニングを受けるべきだとしています。
まとめ
怪我、神経性、加齢などから来る症状を持つ犬に理学療法を施し、症状とQOLの改善を照らし合わせると心理的なQOLが有意に改善していたという結果をご紹介しました。
簡単に言えば、適切な治療を受けて痛みが軽減すると犬が毎日を機嫌良く過ごせるようになったということで、これは犬にとってはもちろん飼い主にとっても大きなQOLの改善と言えます。
また犬の不機嫌や問題行動が痛みから来ている可能性の高さから、犬の定期的な検診の大切さもあらためて知らされました。犬の年齢が上がるほどその重要性も高くなります。
研究の結果は当たり前だと感じられるかもしれませんが、データによって裏付けを取ることは治療の成果の証拠としても重要です。
《参考URL》
https://doi.org/10.1016/j.applanim.2021.105404