犬の肛門嚢の疾患を統計調査
犬の肛門嚢(こうもんのう、肛門腺とも呼ばれます)は肛門の左右にある一対の袋で、強い臭いの分泌物が作られて溜まっていくところです。この分泌物はウンチの排泄の際に押し出されてマーキングの役割を果たしたり、犬がお尻を嗅ぎ合う際の名刺のような役割も持っています。
肛門嚢の分泌物には上のような役割があるのですが、排泄の際の圧力の小さい犬や分泌量の多い犬は、定期的に肛門嚢を絞って分泌物を排出する必要があります。排出がスムーズでなかったり、他の何らかの理由で肛門嚢に炎症が起きる場合があり、分泌物を排出せずに放置して肛門嚢が破裂してしまうこともあります。
このような非腫瘍性の肛門嚢の疾患について、イギリスの王立獣医科大学が診療記録から統計を取りリスクの高い犬種や治療に使われる薬剤について調査結果を発表しています。
肛門嚢炎のリスクの高い犬種たち
王立獣医科大学では、イギリス全土の一般動物病院の診療記録を匿名で一括管理するシステムを運営しています。このシステムに加入している動物病院で1年間に診察を受けた約10万頭の犬のうち肛門嚢炎の有病率は4.4%でした。
この数字は肛門嚢炎が一般の動物病院で診察される病気の中でごく一般的なものであることを示しています。
雑種犬を基準とした有病率で、肛門嚢炎のリスクが高い犬種も明らかになりました。
- キャバリアキングチャールズスパニエル 3.31倍
- キングチャールズスパニエル 3.3倍
- コッカプー 2.59倍
- シーズー 1.66倍
- ビションフリーゼ 1.63倍
- コッカースパニエル 1.24倍
上記のリストからもわかるように、スパニエル系の犬はスパニエル系以外の犬に比べて肛門嚢炎のリスクが2.09倍になっていました。またプードル系もプードル系以外と比較してリスクが1.38倍になっていました。
反対にジャーマンシェパードやラブラドール、ボーダーコリーなど大型犬では雑種を基準とした場合のリスクが低くなっていました。また短頭種の犬はそれ以外の犬に比べて肛門嚢炎のリスクが2.62倍になっていました。犬種以外の要素では、高齢犬でリスクが高くなっていました。
肛門嚢炎の治療と研究者から見た問題点
肛門嚢に何らかの問題がある犬のうち20.24%が抗生物質(抗菌剤)を処方され、11.97%が鎮痛剤を処方されていました。手術によって肛門嚢を切除した犬は1%未満でした。他には8.18%の症例で食事療法、1.14%の症例で体重を落とすことが勧められていました。
肛門嚢炎の診察は動物病院において日常的なものであるにも関わらず、治療方法や高リスク犬種に関する研究がほとんどないのだそうです。
この調査結果から、研究者が問題であると感じたのは抗生物質の使用についてでした。抗生物質処方の多くは患部への局所使用だったようですが、18%の症例では全身性抗菌剤が処方されていました。これは肛門嚢炎全体の1%で全身性抗菌剤が使用されたことを示しています。
肛門嚢炎については明確な診断基準がなく、抗生物質治療の有効性の証拠が限られているにも関わらず、抗生物質の投与が上記のように実施されていました。
薬剤耐性菌の脅威が叫ばれる現在、公衆衛生と犬の福祉両方の面から、肛門嚢炎の抗生物質治療の指針を決定する早急な研究が必要であるとしています。
まとめ
イギリスで実施された調査から、肛門嚢炎のリスクの高い犬種や、肛門嚢炎の治療方法を確立するための研究が早急に必要であることをご紹介しました。
抗生物質は細菌感染が起きている際には非常に心強い薬剤ですから、研究によって適切な使用方法が明確になることが重要です。研究の続報を待ちたいと思います。
《参考URL》
https://doi.org/10.1002/vetr.203