古代の犬の食生活を探る新しい視点
古代の犬が何を食べていたのかについては過去にもいくつかの研究が発表されています。しかしその多くは、約2万年から4万年前に家畜化された直後の人間の残り物を漁った犬の行動または、人類が農耕を始めた後に犬も炭水化物の多い食事を摂り始め遺伝的な適応が始まった時に集中しています。
しかし、このたびカナダのサスカチュワン大学とアルバータ大学の考古学者の研究チームが、更新世から完新世に続く時代のシベリアの犬の食生活の変遷と進化、犬の身体的な変化についての調査結果を明らかにしました。(更新世とは約258万年から約1万年前の期間で大部分が氷河期。旧石器時代とも言う。その更新世の後に現代まで続く最も新しい世が完新世。)
シベリアの古代犬たちは何を食べて、どんな風に変化を遂げてきたのでしょうか。
家畜化にともなって変化した犬の体格
この研究では更新世後期のハイイロオオカミから、家畜化した犬が完新世にどのように変化してきたかが示されています。
研究者はまずハイイロオオカミまたは犬の体重に注目しました。シベリアで発見された更新世後期のオオカミは、ほぼ全てが体重30kg以上の大型肉食獣です。2頭だけ例外があり30kgを下回っているのですが、これらは初期の飼い犬であると言われています。
通常イヌ科の肉食獣は体重21.5kg以下の場合、自分よりも45%以上軽い小動物を捕食します。21.5kgを超える場合は自分の45%以上の獲物を捕食します。21.5kgというのがイヌ科動物の狩猟行動を決める閾値であると言えます。
研究チームがシベリアの28の遺跡から出土した199体の犬を分析しました。これらの犬は約9千年前から500年前のものです。
分析の結果、完新世を通じて犬の体重は徐々に減少し小型化してきていることがわかりました。21.5kgを超える個体は11.6%しかおらず、12kgから20kgの範囲内が主流でした。同じ傾向はヨーロッパや北米で発掘された犬にも当てはまります。
このように犬は完新世に入って、オオカミよりも身体が小さく咬む力も弱くなり狩猟の能力が低下しました。このことから犬たちは人間の残飯を漁ったり食べ物を与えられるようになり、人間への依存度が高くなりました。または人間から食べ物を与えられるようになって狩猟の能力が低下したのかもしれません。
人間の残飯をもらうというのは他の犬はライバルであることを意味します。このような犬の個体間の関係は、オオカミに見られるようなグループでの狩猟という行動を減少させました。
約3千年前の犬は基本的に放し飼いにされており、人間の残り物とネズミなど小動物の捕食によって食べ物を得ていたと思われます。この採食パターンは完新世初期に端を発したと考えられます。現代においても世界の大部分の犬たちのライフスタイルはこのパターンです。
シベリアの犬の食生活の変遷を探る
完新世以降、シベリアの人間の生活様式は多様化し経済活動も増加していきました。大型の陸上動物を狩って食料にするだけでなく、河川や湖岸での採食の集落が増え始めました。バイカル湖周辺では少なくとも8千年前までには淡水魚などを採食する集団が確認されています。6千年前には海洋資源の採食による自給自足経済が出現しました。
気候が温暖になったことで5500年前までには粟(アワ)の栽培が行われるようになり、3千年前までには牛、馬、羊が飼育されるようになりました。このような人間の生活様式の変化は人間と犬の食生活の両方に反映されます。
前述のシベリアの遺跡から出土した犬の調査は体重や体格だけでなく、骨に含まれる成分を分析して彼らが何を食べていたのかを明らかにしました。
約7400年から6300年前の遺跡は水生動物と陸生動物を狩猟採集していた人々のもので、ここから出土した犬は食事に含まれる淡水性のタンパク質の割合がかなり高いものでした。
約2200年前の河川流域の遺跡の犬は淡水性のタンパク質、特に淡水魚を多く食べていたことが示されています。
約3千年前の遺跡の犬たちはキビを食べていたことを示しています。犬たちは3千年前よりもかなり昔に穀物を与えられており、炭水化物を消化する遺伝子の適応は約7千年前に見られます。
犬が淡水性および海水性の水生生物を食べていたことは、犬が人間から食べ物を与えられていたか残飯を漁っていたことを示しています。シベリアの河川や湖は一年の大半を通して凍結しているので、オオカミや犬が水性生物を自主的に狩ることはまず不可能だからです。
また犬たちは人間の排泄物を食べていたこともわかっています。この行動によって、犬の腸内細菌叢は変化し、人間と同じものを食べることに適応しやすくなった可能性と人間と同じ寄生虫や細菌のリスクにさらされるようになった可能性があります。
また食生活とは別に、約9千年前までの完新世初期には狩猟採集民の集落に犬の記録が集中しているのですが、その後牧畜や農耕が社会に広まるにつれ牧畜農耕民の集落に犬の記録が増えるようになりました。
食べ物の内容だけでなく、食料が安定的に供給されるようになると犬の数も増えたことがわかります。
研究者は今後さらに北米の犬の生活史と進化を調査するため研究を拡大すると述べています。
まとめ
シベリアで発掘された遺跡から出土した犬の体を調べることで、犬がオオカミからどのような変化を遂げ、何を食べて来たのかを明らかにした研究結果をご紹介しました。
このような犬の生活史を知ると、犬はオオカミの子孫だから肉食中心でなくてはいけないという説が必ずしも正しくはないことがわかります。
しかし難しいことは抜きにしても、古代の犬が何をどんなふうに食べていたのか想像することはとても楽しいですね。
《参考URL》
https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.abo6493