交尾によって伝染する犬の特殊なガンCTVT
犬に発症するガンには人間と共通するタイプが多く、犬のガン治療研究が人間の医療に応用される例も少なくありません。
しかし中には犬特有の特殊なものもあります。『可移植性性器腫瘍(CTVT)』と呼ばれる伝染性のガンで、交尾によって感染します。人間の子宮頸ガンに関連するHPVはガンのリスクを高める伝染性ウイルスですが、CTVTはウイルスではなくガン細胞そのものが伝染します。
このようなガン細胞が実際に移動するガンは、アサリやムール貝などに見られるもの、タスマニアデビルに見られるもの、そして犬を含むイヌ科動物に見られるものの3種類しか確認されていません。
このイヌ科動物の伝染性のガンは、約1万1千年前に1頭の古代犬の変異した細胞から発症したと考えられています。通常のガン細胞は宿主と共に消滅しますが、CTVTのガン細胞は他の犬に感染移動して1万年以上も生き続けているのです。
この特殊なガンについて、イギリスのケンブリッジ大学獣医学部の研究者が新しい発見を発表しました。
鼻と口に発生するCTVT腫瘍は圧倒的にオス犬に多い
上記したように、可移植性性器腫瘍(CTVT)は通常は交配中に感染するため、その多くが生殖器周辺に発生します。しかし稀に、犬の鼻や口周辺にCTVTの腫瘍が発生することがあります。
研究チームが世界中の約2,000例のCTVTのデータベースを調査したところ、犬の鼻や口にCTVT腫瘍が発生したのは32例のみでした。そしてこのうち84%に当たる27例がオス犬でした。
さらに同研究チームは、過去に科学誌に掲載された鼻または口に発生したCTVTに関する文献を調査したところ、65の症例が見つかりました。この65例でも82%に当たる53例がオス犬だったことがわかりました。
生殖器に発生するCTVTではオス犬とメス犬の差はほとんどありません。鼻や口の腫瘍に限ってはオス犬に多く発症する理由が考察されました。
オス犬に多く見られる行動が感染の理由、でもパニックにならないで!
研究チームはオス犬の鼻や口へのCTVT発症の理由を、オス犬がメス犬の生殖器付近を嗅いだり舐めたりする行動がメス犬よりも多いせいだと考えています。またメス犬の生殖器腫瘍は、オス犬の生殖器腫瘍に比べて嗅いだり舐めたりしやすい場所に発生することも考えられます。
「メス犬のお尻付近を嗅いだだけでガンが伝染するとしたら恐ろしい!」と思われたかもしれませんが、あまり過剰に怖がる必要はありません。
この研究はイギリスのものですが、欧米ではこのガンは非常に稀です。犬同士がお尻や生殖器付近を嗅ぎ合っても、相手が伝染性のガン細胞を持っている可能性は非常に低いと考えられます。
これは日本も同様です。もしも万が一CTVTが発症したとしても、この病気には非常に有効な治療方法が確立しており、感染した犬の大半は元気に回復しています。
しかし欧米や日本の臨床獣医師はCTVTに馴染みがない場合がほとんどであるため、この研究チームは「鼻や口付近に腫瘍が発生している場合、特にオス犬ではCTVTの可能性も考慮する必要がある」としています。
なお、CTVTは人間も含めてイヌ科以外の動物には感染しません。
まとめ
伝染性の犬のガンが鼻や口の付近に発生する割合が、その行動特性のためにオス犬に圧倒的に多いという研究結果をご紹介しました。
可移植性性器腫瘍(CTVT)以外にも犬の鼻の中や口腔内に腫瘍ができる病気はありますので、犬の鼻血、鼻水や涎が止まらない、その他何らかの異変があった場合には必ず病院で受診してくださいね。
https://doi.org/10.1002/vetr.1794