犬の家畜化の起源と古代オオカミ
「犬の祖先はオオカミである」というのは当たり前の常識のように考えられていますが、実はその詳しいところについては明らかになっていないことがたくさんあります。
犬の家畜化は遅くとも1万5千年前に起こったと考えられていますが、それがどこで起こったのかもまだわかっていません。
この度、イギリスのフランシス・クリック研究所を中心とする遺伝学者と考古学者の研究チームが、古代オオカミのゲノム分析を行った結果が発表されました。犬の家畜化がどこから始まったのかという謎の答えに一歩近づいたようです。
古代オオカミがマンモスのように絶滅しなかった理由
現代の犬の祖先と考えられているハイイロオオカミは、更新世を通じて地球上に広く生息していました。更新世とは約258万年から約1万年前の期間で、そのほとんどは氷河時代でした。更新世の中期には人類が出現し、更新世の後期にはマンモスなど大型哺乳類の絶滅が始まりました。
研究チームは、ヨーロッパ、シベリア、北米で出土した古代オオカミの遺体72体のゲノムを解析しました。これらは10万年に渡る時代をカバーするもので、2019年にほぼ完全な形で発掘された1万8千年前の仔オオカミ、2018年に発掘された3万2千年前のシベリアオオカミの完全な頭部も含まれていました。
ゲノム解析の結果から分かったのは、後期更新性の古代オオカミの集団は広い地域で遺伝的に高度につながっていたということです。これはオオカミの集団の高い移動性のためと考えられます。
約4万年から3万年前に特定の遺伝子の変異（獲物を狩るために有利な身体的発達など）が急速に固定化されたことも分かりました。このような自然への適応が広範囲の集団全体に広がったことが、オオカミが絶滅を免れた理由である可能性も示されました。オオカミの種全体に及ぶ急速な自然淘汰は、過去10万年の間に数回しか起きていないことも分かりました。
現代の犬のは2種類の祖先を持っている可能性
古代オオカミのゲノム解析結果と初期の犬および現代の犬と比較した結果はどのようなものだったのでしょうか。
研究チームは、シベリア、アメリカ大陸、東アジア、北東ヨーロッパの初期の犬は東ユーラシア（モンゴルや中国を含むアジアの地域）の古代オオカミのDNAに関連していることを発見しました。これらの地域の初期の犬は東方のオオカミを祖先としていることが考えられます。
しかし中近東、アフリカの初期の犬は上記の東方のオオカミのDNAに加えて西ユーラシア（中東から東ヨーロッパ）のオオカミに関連する別の起源からのDNAを持っていることも発見されました。
現代の犬は少なくとも2つの別々のオオカミ集団を祖先に持つことが示されたわけですが、ここから2つのシナリオが考えられます。
1つはオオカミの家畜化が二度以上に渡って別々に起こり、異なる集団が混ざり合ったというもの。もう1つはオオカミの家畜は一度だけで、初期の犬が野生のオオカミと交雑したために2つの祖先を持つことになったというものです。今の時点ではどちらかは明らかになっていません。
研究者は今後さらに正確に犬の祖先を特定するために、今回の調査対象地域以外から発見された古代オオカミのゲノム解析を追加することが必要であると述べています。
まとめ
古代オオカミのゲノムを解析したところ、現代の犬は東ユーラシア起源と西ユーラシア起源の2つの祖先を持っていることが明らかになったという研究結果をご紹介しました。
氷河時代のオオカミのDNAと自分の隣で寝ている愛犬は何の関係もないようにも思えますが、古代のオオカミが絶滅せずに生き延びたことが現代の犬たちにつながっていると考えると何とも言えない感慨を覚えます。
《参考URL》
https://www.crick.ac.uk/news/2022-06-29_ice-age-wolf-dna-reveals-dogs-trace-ancestry-to-two-separate-wolf-populations
https://www.nature.com/articles/s41586-022-04824-9
