新しく発見されたジャックラッセルテリアの遺伝性疾患
犬の遺伝性疾患は、すでに原因となる遺伝子変異が分かっているものだけでも何百種類もあります。そしてこの度、新しく発見された犬の遺伝性疾患とその原因遺伝子変異の研究結果が、岐阜大学応用生物科学部共同獣医学科の研究チームによって発表されました。
日本のジャックラッセルテリアの間で多発している消化管ポリープが、遺伝性疾患であったというものです。
犬においては消化管の腫瘍はそれほど多くないのですが、日本では2000年代後半からジャックラッセルテリアの消化管ポリープの症例が増加していました。
同じ時期のジャックラッセルテリアの飼育頭数は増えていないため、この病気の増加について調査研究が行われました。
人間の遺伝性疾患と共通する遺伝子変異
この調査では、2020年に日本国内の93の動物病院で採取された792頭のジャックラッセルテリアの血液サンプルが分析されました。
研究チームはすべてのサンプルのAPC遺伝子型を決定しました。APC遺伝子とはガン抑制遺伝子のひとつで、人間ではこの遺伝子の変異が家族性大腸腺腫症の原因となります。
人間の家族性大腸腺腫症では、大量の腺腫性ポリープが消化管の一面を覆うように生じます。常染色体優性遺伝疾患(両親から受け継いだ対の常染色体の遺伝子のうちどちらか一方に異常があれば出る遺伝病)でAPC遺伝子型はヘテロ接合です。
792頭のジャックラッセルテリアの血液サンプルに話を戻しますと、分析の結果15頭がAPC遺伝子の生殖細胞変異体をヘテロ接合で保有していました。家族性大腸腺腫症と共通しています。このことからジャックラッセルテリアの消化管ポリープは常染色体優性遺伝疾患であると結論づけられました。
遺伝子変異を保有していた犬の病歴や血統
この調査でAPC遺伝子変異を保有していることがわかった15頭のうち10頭について、飼い主および担当獣医師への聞き取り調査から病歴と現在の健康状態について情報が得られました。
結果は予想した通りで10頭中5頭が消化器系のガンを発症していました。うち1頭は、調査をきっかけに検査したことで初期胃ガンが発見されました。10頭全員が慢性的な嘔吐や下痢に悩まされており、ポリープの再発を繰り返していた犬もいました。
この調査では遺伝子変異の保有率は1.89%で、性別、年齢、被毛のタイプによる大きな違いは見られませんでした。変異を保有している犬の血統は特定の少数に限られておらず、この遺伝性疾患が日本のジャックラッセルテリアの間で幅広く普及していることも分かりました。
保有犬の先祖の中にはオーストラリアやニュージーランド出身の犬もおり、日本以外にも遺伝子変異の保有者が存在する可能性も示されました。
さらに研究チームは保存されている病理標本とゲノムバンクのサンプルから、ジャックラッセルテリア4頭を含む25犬種66頭の純血種と、5頭の雑種のAPC遺伝子を調査しました。
その結果3頭のジャックラッセルテリアが変異体を保有していましたが、他の犬種ではこの遺伝子変異は検出されませんでした。このことからこの遺伝性疾患は、ほぼジャックラッセルテリアに特有だと考えられます。
まとめ
日本のジャックラッセルテリアの間で多発している消化管ポリープについて調査研究したところ、これが人間の家族性大腸腺腫症と同じ遺伝子変異を原因とする遺伝性疾患であったという報告をご紹介しました。
原因遺伝子変異が特定されたことから、今後は犬の治療が人間の治療方法のサンプルとなる可能性もあります。そして何より大切なのは、消化管ポリープのスクリーニングのための遺伝子検査が可能になったということです。
繁殖の際のスクリーニングによって、遺伝性疾患に苦しむ犬が生まれて来ることを予防できます。繁殖の前に遺伝子検査を実施するブリーダーから犬を迎えることが重要であると、犬を迎えようとする全ての人に知っていただきたいと思います。
《参考URL》
https://doi.org/10.1186/s12917-022-03338-w