犬の実行機能を測定するための尺度作り
犬は何万年にもわたって人間と共に暮らして来た生き物です。人間のために働いたり、愛されるコンパニオンであることで安全な住居と食べ物を確保して来ました。この目的のために犬は人間が生活する環境に合わせて、自分自身の行動をコントロールする機能を身に付けたと考えられます。
このような目的を達成するために、自分自身の行動や感情を調整したり抑制したりする過程のことを『実行機能』と言います。犬は人間と暮らすことで実行機能を発達させてきたと言えます。
しかし、今のところ犬の実行機能を測定するための簡便な尺度がないため、実行機能の研究には認知機能測定の複雑な方法が採用されています。この度オーストラリアのラ・トローブ大学の動物人類学の研究チームが「犬のための実行機能測定尺度」の作成に着手し調査研究の結果を発表しました。
犬の実行機能を評価するための行動を特定
研究チームは、犬のどのような行動が実行機能に関連しているのかを把握するためのさまざまな項目を洗い出しました。この作業には研究チームの他に獣医師、ドッグトレーナー、犬舎飼育員、介助犬育成団体スタッフ、犬の行動学の専門家などが参加して議論が行われ、最終的に65の項目がリストアップされました。
この65項目を使って犬の行動についての質問票が作成されました。各質問は「常に当てはまる」〜「全く当てはまらない」の5段階の尺度で回答する形式です。
この質問票はソーシャルメディアを通じて配布され、最終的に1歳〜8歳の成犬の飼い主714人による愛犬の行動評価の回答が寄せられました。
犬の実行機能を構成する要素は人間と似ている
質問票への回答を分析した結果、犬の実行機能を構成する以下の6つの指標が明らかになりました。
- 行動の柔軟性
- 飼い主への注意力
- 身体的な衝動の抑制
- 指示への追従
- 我慢して待つ能力
- ワーキングメモリ(作業のための情報を一時的に記憶する能力)
これは人間の実行機能を測定する際の指標とよく似ていることが分かりました。具体的には犬の実行機能は人間の子どもとよく似ています。
子どもが保護者の指示を聞いて、衝動的に動くことを我慢したり、勝手におやつを取らず手渡されるまで待つと言った行動が、子どもの実行機能の指標となります。
研究者は、犬が人間と長く暮らすうちに人間とよく似た認知機能を発達させてきたのだろうと述べています。犬と同等以上の認知レベルを持つ動物は他にもいますが、それらの動物は人間との生活に最適な方法で自分の行動をコントロールしているわけではありません。人間と共通点のある実行機能は犬ならではのものです。
また質問票から分析された個々の犬の実行機能スコアを比較したところ、牧畜犬や介助犬など働く犬は実行機能が最も発達していること、犬が受けたトレーニングの量は実行機能スコアの高さと比例していたことも分かりました。
これはどんな犬でも適切なトレーニングを行うことで、実行機能を高める=犬が自分の行動を制御する能力を高めることが可能だということです。
まとめ
犬の実行機能を測定する尺度を作成する研究の中で、実行機能を構成する要素が人間(特に子ども)と似ていることが分かったという報告をご紹介しました。
この研究のデータは飼い主への質問票という形で集められたため、今後さらに実験などで検証することが必要だということです。
この研究結果を活かした測定尺度が完成すると、大量のデータを収集することが可能になり、犬の認知機能全般に関する理解への助けになります。
犬の実行機能は人間との共同生活に適応するために発達して来たというのは、犬と人間の特別なつながりを説明する理由のひとつとも言えますね。
《参考URL》
DOI: 10.1007/s10071-022-01629-1