犬の姿の多様性はいつ頃から始まったのだろうか?
小さなチワワから大きなセントバーナード、顔の長いボルゾイから鼻ペチャのブルドッグ、犬は形や大きさなどの形態が最も多様な種のひとつであることが知られています。
これらの形態の多くは人間による選択育種で作られたものですが、犬が人間と暮らし始めた初期の段階での彼らの姿は今のところほとんど知られていません。
この度、フランス国立自然史博物館の考古学者を中心とした研究チームの調査によって、古代の犬の大きさや特徴についてのいくつかが明らかになりました。紀元前の犬たちの姿にも多様性があったのでしょうか?
古代の犬の下顎の骨を分析
この研究では、紀元前8,100〜3,000年頃のルーマニアの遺跡から出土した525の犬の下顎の骨を現代の犬、オオカミ、ディンゴの参照標本と比較分析した結果が示されました。この時代は中石器時代から青銅器時代にかけての時期ですが、日本では縄文時代に当たります。
なぜ下顎の骨が研究対象に選ばれたのでしょうか?下顎の骨は大きく頑丈なので埋葬された場合にも形状が保たれており、考古学において多くのデータが存在します。また、下顎の形状は頭蓋骨と連結する顎の筋肉の動きに影響されます。
顎の筋肉の動きとは食べ物を咀嚼する際の動きですから、下顎の形状はその動物の食性を反映しています。つまり下顎骨を調査することで動物の食生活を知ることができるからです。
遺跡の犬の下顎の形態を定量化した結果、ヨーロッパでは青銅器時代以前に既に形態の多様性が存在していたことが分かりました。
古代の犬と現代の犬、顎の機能に大きな違い
日本の縄文時代に当たる時期、ヨーロッパの犬の多様性はどの程度のものだったのでしょうか?525の古代犬のサンプルには現代の超大型犬や超小型犬に相当するサイズは存在せず、ボルゾイのような長頭もブルドッグのような短頭も見られませんでした。
現代の犬と比較すると形態の多様性の度合いは低いものであったこと、この多様性は人間によって選択された結果ではないことなどが示されています。
現代の犬との最も大きな違いは臼歯の下の部分の骨本体の曲がり具合で、これは古代犬が現代の犬よりも固いものを食べていたことを示しています。古代犬の下顎は平均するとビーグルくらいのサイズだったそうですが、咬合力は現代の犬よりも強かったことを示す形質的な特徴がありました。
この機能上の重要な違いは、古代犬の食生活や彼らが狩猟や防衛に関わっていたことを反映していると研究者は述べています。
現代の犬は雑食性で、デンプンを消化するための遺伝子を複数持っています。これは人間との生活の中で、農耕によって得た穀類などを犬も食べてきた結果と考えられています。肉食だった犬がデンプンを含む雑食に移行していったことが、現代の犬の下顎の形状への変化を説明できる可能性があるとのことです。
まとめ
ルーマニアの遺跡から出土した紀元前の犬の下顎を調査分析した結果、現代の犬ほどではないが古代の犬の形態にも多様性が見られたこと、古代の犬は固いものを食べ顎の力が現代の犬よりも強かったことなどが分かったという報告をご紹介しました。
現代の犬ほどではないにせよ、さまざまな姿の中型犬たちがその強い顎を使って人間と共に狩猟をしたり、群れを守っていたりすると想像すると胸が躍りますね。また、農耕に代表される人間社会の変化が犬の姿の変化にもつながっていると考えると、犬と人間のつながりの強さが他の動物とは異質であることを改めて深く考えさせられます。
《参考URL》
https://doi.org/10.1098/rspb.2022.0147
https://phys.org/news/2022-05-diet-ancient-dog-family-pet.html