診断が難しい犬の認知機能障害
一般的に犬の認知症と呼ばれる疾患は、認知機能にさまざまな形の障害が発症するため正式にはイヌ認知機能障害症候群と言います。
高齢になった犬が、遊びや食べ物への意欲が低下したり、昼夜逆転して夜中にグルグル歩き回ったりするようになると、多くの飼い主は加齢によって認知機能が低下したのだと考えます。
しかし一見認知機能障害に見える症状は、感染症や脳腫瘍など他の病気から来ている場合もあります。
イヌ認知機能障害症候群の診断は、このような身体的な病気を除外することと、飼い主による問診票への回答と犬の行動テストに基づいて行われてきました。つまり腎臓や肝臓のように基準となる数値が無いため、はっきりとした診断が難しい疾患だと言えます。
しかしこの度、アメリカのノースカロライナ州立大学獣医学校の研究チームが、高齢の犬の認知機能の低下を定量化(通常は質的にしか表せないと考えられている物事を数値で表すこと)する検査の方法を発見したと発表しました。
問診票、行動テスト、血液検査の結果に相関を発見
研究に参加したのは15犬種39頭の家庭犬たちでした。犬の年齢は9.3歳〜15.3歳で犬種と体のサイズからシニア期、または老年期と分類されました。犬たちは皆身体的には全体として健康な状態でした。
飼い主は一般的に広く使用されている2種類の認知機能診断用の問診票AとBに回答し、犬たちは実行機能、記憶力、注意力を評価するための行動テストに参加しました。
1つの診断用問診Aでは5頭が重度、6頭が中度、10頭が軽度の認知機能障害、18頭が正常と分類されました。もう1つの問診Bでは7頭が認知機能障害と考えられ、32頭が正常と分類されました。
重度の犬以外は行動テストを受けることができました。行動テストのうち注意力の持続時間、抑制性コントロール、遠回り行動の成績は問診票Aのスコアとの相関が見られました。問診票Bのスコアは抑制性コントロールの成績と相関がありました。
また、犬たちは全身の身体検査と血液検査を受けました。血液検査は血漿ニューロフィラメント軽鎖の濃度を測定するものです。この濃度は神経細胞死がどれだけ起こっているかのマーカーとなります。この血液検査の結果も抑制性コントロールと相関していたことが分かりました。
これらの結果から、問診票、認知機能検査のための行動テスト、血漿ニューロフィラメント軽鎖の濃度測定の血液検査を組み合わせた多角的なアプローチによって、犬の認知機能低下を定量化できる可能性が示されました。
人間のアルツハイマー病の評価モデルにも応用
上記のようにいくつかの検査を組み合わせることで正確な診断ができるようになれば、認知機能の低下した犬を適切に世話するために役立ちます。
イヌ認知機能障害症候群の研究では、そのほとんどにヒトのアルツハイマー病との類似や応用が含められていますが、この研究もアルツハイマー病患者の認知機能低下の進行状態や治療方法を評価するモデルになる可能性があります。
犬の認知機能障害は、脳内で作られるアミロイドβ蛋白が凝集した病変と皮質萎縮が起こる点でアルツハイマー病と類似しています。臨床的に安全な方法でイヌ認知機能障害症候群を定量化して診断できることは、犬をアルツハイマー病治療のモデルとするための第一歩です。
この研究による発見は、認知機能障害の進行についての理解を深めることと、治療方法を開発しテストするという2つの点で犬と人間両方にとって有望だと研究者は述べています。
まとめ
犬の認知機能障害の診断に従来から使われていた問診票に加えて、行動テストや特別な血液検査を組み合わせた検査によって、認知機能障害を定量化して診断できることが発見されたという報告をご紹介しました。
犬が人間の病気の治療のためのモデルになるという可能性は数多く報告されていますが、認知機能障害からアルツハイマー病への応用に関しても大きく前進したと言えそうです。犬と人間両方のために期待が膨らみます。
《参考URL》
https://news.ncsu.edu/2022/05/cognitive-decline-in-dogs-alzheimers-disease/
https://www.nia.nih.gov/health/what-happens-brain-alzheimers-disease