現代の犬たちの祖先に近い犬
約3万年前に犬の家畜化が始まって以来、犬は人間の生活を助けるために選択育種を繰り返されて来ました。選択される基準は人間の役に立つ能力を持っていることで、狩猟や牧畜などそれぞれの作業に特化した能力を持つ犬たちが作られました。
しかし、19世紀のビクトリア朝時代にペットとしての犬が多く作成されるようになり、選択育種の基準は見た目の美しさや可愛らしさへと移行しました。その結果として、現代ではかつて人間が労働のために作り上げた犬種の多くが失われてしまいました。
しかし中には、限られた地域内で労働のために飼育され続けて来た犬種がいます。そのような犬種は、絶滅してしまった犬種の希少な生き残り群でもあります。
この度チリのチリ・アウストラル大学とアメリカの国立衛生研究所の研究者チームが、パタゴニアン・シープドッグが現代では絶滅したイギリスの牧羊犬種に最も近いという研究結果を発表しました。
パタゴニアの牧羊犬を調査
パタゴニアン・シープドッグはチリ南部とアルゼンチンで飼育されている独特の犬種で、19世紀後半にヨーロッパからの入植者たちによって持ち込まれたと考えられています。そうして130年以上に渡って孤立した集団として維持されて来ました。正式な犬種とは認められておらず、現代の他の牧畜犬との関連もよく分かっていませんでした。
研究チームはチリとアルゼンチンで飼育されている159頭のパタゴニアン・シープドッグの遺伝子型を、175種の公認家庭犬種1,514頭の犬と比較しながら解析しました。
その結果、パタゴニアン・シープドッグはボーダーコリーやオーストラリアンケルピーと最も近縁で、150年ほど前にイギリスで生まれた現代の牧畜犬種と共通の祖先を持つことが判明しました。
また西ヨーロッパの現代の牧畜犬種とは遺伝的異質性を示しており、パタゴニアン・シープドッグは現代のほとんどの純血種が作られる以前に存在したと考えられます。
このことからパタゴニアン・シープドッグは、現在のイギリスの牧畜犬種の祖先の犬に最も近い現存の犬種であり、おそらく見た目や行動も非常に近いものであると研究者は述べています。
犬が示すヨーロッパから南米への人類の移動
またこの犬種は、パタゴニアの北と南で異なる個体群があることが確認されました。北部の個体群はボーダーコリーと遺伝的に近く、南部の個体群はオーストラリアンケルピーに近いことも分かりました。
この構造は、ヨーロッパ人がこの地域を植民地化した時期と一致しています。1877年にスコットランドの入植者がチリ南部に移住し、その後アルゼンチンへと北上していきました。犬の遺伝子を調査することで、当時の人類の移動についての理解にもつながりました。
まとめ
南米のチリとアルゼンチンで牧畜犬として飼育されているパタゴニアン・シープドッグの遺伝子型を解析したところ、現代の牧羊犬種が作られる以前のイギリスの牧羊犬に最も近い種であることが分かったという研究結果をご紹介しました。
今はもう失われたと思われる犬種が、遠い地で細々と、しかし確実に生きているというのは歴史のロマンを感じさせられますね。
《参考URL》
https://doi.org/10.1371/journal.pgen.1010160