ディンゴと犬とオオカミの遺伝子を比較
オーストラリアの野生のイヌ科動物であるディンゴは見たところ雑種の茶色い犬のように見えます。そのため長年に渡って「野生化した犬」だと考えられてきました。しかし2019年にオーストラリアの研究者が、ディンゴは犬ではなく固有の種であるという研究結果を発表しています。
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そしてこの度オーストラリア、アメリカ、ドイツ、デンマークの26人の国際的な研究チームによる遺伝子解析の結果、ディンゴと犬とオオカミが遺伝的にどのように違うのかが報告されました。
遺伝子の差異は食性の違いにもつながる
この研究では、2014年に兄弟と共に保護されたサンディというディンゴのゲノムを5種類の犬と、グリーンランドオオカミのゲノムと比較しました。サンディは犬との交雑種ではないことが既に確認されています。5種類の犬は、ボクサー、ジャーマンシェパード、グレートデーン、ラブラドール、バセンジーでした。
解析の結果、ディンゴのゲノムは5種類の犬ともグリーンランドオオカミとも構造的に異なることが判明しました。しかしオオカミに比べると犬の方により近く、中でもジャーマンシェパードとは最も近い類似性を示しました。
この研究ではゲノム解析の他にディンゴとジャーマンシェパードの対照食試験を行い、ディンゴと犬の栄養素の代謝方法がどのように違うのかが検証されました。
犬はデンプンの消化に関連する膵臓アミラーゼを作る遺伝子を複数持っています。これは人類と共に暮らしデンプン質の食べ物を与えられた犬たちの身体が対応して進化した結果です。ジャーマンシェパードの場合は、膵臓アミラーゼを作る遺伝子は8個あります。一方、ディンゴはオオカミと同様にこの遺伝子は1つしか持っていません。
ディンゴはワラビーなど小型の有袋類や爬虫類を捕食するよう進化したため、家畜の羊のような高脂肪の肉は消化しにくいことも分かっています。現在のオーストラリアでディンゴは捕食動物の頂点に位置します。
家畜業者などには害獣だと捉えられていますが、前述のような理由から実際に家畜を襲っているのはディンゴではなく、野生化したイエイヌである可能性が高いと考えられます。そのためディンゴを駆除することは、オーストラリアの食物連鎖のバランスを大きく崩す結果を招くと研究者は警告しています。
イヌ科動物の遺伝子は人類の移動の歴史の手がかりに
この研究で解析されたサンディは砂漠に生息するディンゴです。研究チームは今後オーストラリア東部の山間部に生息するディンゴのゲノムを解析する予定だということです。
ディンゴは5,000〜8,500年前にオーストラリア大陸に持ち込まれたと考えられています。複数の種類のディンゴの遺伝子を解読して進化の歴史を知ることは、海を渡ってディンゴを連れてきた古代の人々の歴史を明らかにすることにもつながります。
ディンゴは東南アジアから持ち込まれたとされていますが、今のところ、その古代人がどのような民族であったのかは不明です。山間部のディンゴの遺伝子によってディンゴが移動してきた時系列が明確になれば、答えが見つかることが期待されます。
オオカミとイエイヌの遺伝子が、人類が大陸間を移動して来た道のりを明らかにしてきた研究例は数多くあります。ディンゴもオオカミも野生動物でありながら人類と深い関わりがあるというのは、私たちが現代の犬に大きく惹きつけられる下地なのかもしれないですね。
まとめ
オーストラリアの野生動物ディンゴの遺伝子を犬とオオカミと比較した研究結果をご紹介しました。
外国の野生動物の遺伝子研究と聞くと犬の飼い主には縁遠い話のようにも思えますが、遺伝子が示す食性の違いなどは知っておくと犬の食事への理解にもつながります。
またこのような研究結果を生かして、野生動物が誤解から駆除されることがないよう、自然環境が破壊されることがないようにと切に願います。
《参考URL》
DOI: 10.1126/sciadv.abm5944