犬の飼い方の「今」と「昔」の差とは
昔と今のフードの違い
今では、犬のフードはいわゆるドッグフードを指して言うことが主です。しかし、昔は残飯が犬の主食とされていました。
塩分たっぷりの人の食べ残しを、ぐちゃぐちゃに混ぜて与えるなんて虐待じゃないの?と思う飼い主さんもいるかもしれません。しかし、昔はそれが「普通」だったのです。それゆえに高いフードをあげていると、年輩の人には滑稽に写ってしまうことがあるのです。
昔と今の動物病院の違い
昔は動物病院自体が少なかったのと、人と違って保健がきかないことから、動物病院は「贅沢品」「高級なサービス」という扱いを受けていました。
生き物は病気になったらそれが寿命。そんな考え方が浸透していた時代が、そこそこ最近まであったのです。ゆえに動物病院に連れていくと言うと、お年寄りは過保護や贅沢という言葉が出てしまうのですね。
昔と今の住み家の違い
昔は普通に犬を放し飼いにしている家も多かったのです。敷地内だけでなく、リードを着けていない犬が近所を歩き回っている、何て事も度々あったのです。
これは後に保健所の捕獲等、管理が行き届いていないと犬がいなくなってしまうために、控える飼い主が多くなりましたが、田舎では昔の感覚のままで大きな犬を放し飼いにして、問題になるケースもまだまだあるようです。
昔と今の犬の扱い違いがある理由
犬の認識が違った
ほんの数十年の差で、ここまで認識が変わるのかと思う飼い主さんも多いかと思います。しかし、これにはわけがあります。大きな理由として、犬は本来「家畜」と大差がなかったことがあげられます。
食べるためではない家畜
犬は主に番犬として、食用ではなく、古い時代の牛や馬の延長のような認識で、長い間人に飼われていたのです。日本の経済が潤っていた時代に、容姿や愛らしさから愛玩犬として飼われるものが多く出てくると、急激にそのポジションは家畜から友へと変化してきたのです。
動物病院の数の変化
今でこそ動物病院は町の至るところにある物ですが、昔は本当に少ない物であり、病気になっても診てもらえるのは一握りの犬猫のみでした。その犬猫でも夜間や急な発作等のとき、病院が開いておらず、命を落とすのが当たり前。動物病院は、助かれば儲けものくらいの認識だったのです。
しかし、需要があれば供給も増えるもので、病院が増えれば医療を受けられる犬猫も増え、結果として動物病院に連れていくことは「当たり前」になったのです。
インターネットの普及
インターネットがここまで生活に溶け込んだのは、スマートフォンや携帯電話の普及の影響が大きいと言えるでしょう。それまではパソコンがなければ、情報はテレビや雑誌のみです。海外の進んだ犬猫の飼育事情など、今ほどスムーズに伝わりはしなかったのです。
スマートフォンの普及により、あらゆる情報が共有できるようになったので、欧米で主流の「犬は家族」という認識も一気にひろまったのです。
昔と今、犬にとってどちらが正しいの?
正しさは時代によって変わる
年輩の人にとっては、そうやって一線を引いて犬と関わるのが当たり前という認識があります。自分が犬を飼っていた経験があれば、なおのことです。その時代の背景や事情により、犬と人との関わり方の正解は変わっており、どれが正しいと一概には言い切れないものがあります。
世代間で意見がぶつかったら
事情が分かっても、どうしても意見の食い違いは出るものです。もし意見がぶつかってしまったら、まず「今」の犬への接し方を説明しましょう
犬が医療を受けるのは当たり前
診せる診せないの判断は飼い主に委ねられますが、犬を獣医に診てもらうのは今では当たり前のことです。国によっては、犬をぞんざいに扱えば刑罰の対象となることも多数あります。そういう時代である、ということを説明しましょう。
フードは高級品でも贅沢品でもない
年輩の人はドッグフードは高級品と思いがちですが、現在のフードは安価なものもとても多いのです。そしてあらゆる所で購入できる、昔よりも手に入りやすいものであることを説明しましょう。
保存がきいて手軽にあげられる点で、飼い主にも得になるのだと人側としての利点も言えば、納得してくれることもあります。
今の犬のポジションは「パートナー」
年輩の人がいう常識は、あくまで過去の話でしかありません。今のことを言えば、犬はパートナーであり、それを認めている飼い主がいるのなら、それがその犬にとっての「正しい接し方」になるのだと言えます。
まとめ
世代間の犬への認識差によるトラブルはとても多いようです。しかし、あなたの愛犬はおそらくそれを望みません。相互の理解を深めることで、トラブルの回避に繋がれば幸いです。