犬の表情が豊かな理由は筋肉にある
皆さんご存知のとおり、犬はとても表情豊かな動物です。また犬の表情は眉を上下させたり目を大きく見開いたりと、人間臭さを感じさせるものも少なくありません。このような表情のバリエーションは、他のイヌ科動物にはあまり見られないものです。
この度、アメリカのデュケイン大学ランゴス校の理学療法学の研究者が、解剖学会において犬とオオカミの顔の筋肉の解剖学についての新しい研究結果を発表しました。
研究の内容は、私たち人間がついつい笑顔になってしまったり、おねだりに負けてしまう犬の表情がどのように作られているのかを明らかにするものでした。
顔面筋の筋繊維の構成を犬とオオカミで比較
同研究チームは2019年に犬とオオカミの顔はほとんど同じであるが、目の周りの眼輪筋という筋肉に、大きな違いがあるという初期研究を発表しています。
オオカミの顔にももちろん筋肉がありますが、彼らの筋繊維は結合組織に囲まれており犬のように自由に動かすことができません。これがオオカミが犬のように眉を上下させたり目をパッチリと開いたりすることが難しい理由です。
今回の研究では犬とオオカミの顔の筋肉のうち、速筋繊維と遅筋繊維の構成が注目されました。全ての哺乳類の筋肉には速筋繊維と遅筋繊維の両方があります。
速筋は素早く収縮する筋肉で、強い瞬発力があるが持久力がなく疲れやすい筋肉です。遅筋はゆっくり収縮する筋肉で、強い力を発揮することはできませんが長時間の運動に向いています。
人間の顔の表情筋は速筋繊維が主体になっており、素早く表情を作ることができるが同じ表情を長時間持続することは難しいのです。
犬とオオカミの顔面筋サンプルの構成を比較したところ、犬では速筋繊維の割合がより高く、オオカミでは遅筋繊維の割合が犬に比べて高いことが分かりました。
犬は速筋繊維を多く持っているために顔面筋の動きが速く、眉を上下させるような小さな動きや、吠えることに関連する短くて強力な筋肉の収縮が可能になります。一方、オオカミが多く持つ遅筋繊維は、遠吠えなど筋肉を長い時間使う動きにとって重要です。
犬の顔面筋の進化は人間とのコミュニケーションのため
人類が初めてオオカミを選択的に繁殖して家畜化したのは、約3万3千年前だと推定されています。つまり犬の顔の筋肉がオオカミとは違う進化を始めてから、まだ3万3千年しか経っていないということです。例えば、ヒトとチンパンジーの顔の筋肉の違いが現れるまでには600万年かかっていることからも、犬の進化のスピードが異例であることが分かります。
犬の顔面筋の構成は、家畜化をきっかけに少しずつ変化してきたと考えられます。彼らが人類と暮らし始めコミュニケーションを取る必要が生じたために、オオカミとは違う進化を遂げたというわけです。
犬とオオカミと人間の顔の筋肉の動きを比較すると、犬はオオカミよりも人間に近い筋肉の動きを示します。
このように顔面に速筋繊維が多く存在することが、犬が持つ人間とのコミュニケーション能力に寄与していると考えられます。また家畜化の過程で、人間が自分たちと似た表情を見せる犬を選択的に繁殖させたことも、短期間の進化につながっている可能性があります。
まとめ
犬の顔面筋には、素早く収縮する速筋繊維がオオカミよりも多いことが犬の表情の豊かさを作り出していること、この進化は家畜化をきっかけに始まったと考えられるという研究結果をご紹介しました。
犬の愛すべき表情の数々が人類とのコミュニケーションのために発達してきたと思うと、犬への愛おしさがいっそう強く感じられます。それだけに人間は犬の表情を過度に擬人化することなく、正しく読み取る努力をしなくてはいけないと改めて痛感しました。
《参考URL》
https://phys.org/news/2022-04-reveals-science-irresistible-puppy-dog-eyes.html
https://doi.org/10.1073/pnas.1820653116