研究のためのVRの仮想犬を検証
バーチャルリアリティはゲームなど娯楽だけでなく、医療や教育の場でも広く使われるようになっています。特に現実の世界では再現が困難、または不可能な状況下での被験者の反応を観察できるため研究にも利用されています。
犬と人間の相互作用についての研究でも、バーチャルリアリティを使って仮想世界で犬と触れ合うことでデータを収集したものがあります。例えば犬恐怖症の研究では、被験者は実物の犬に近づくことはできないが、仮想犬の近くではどのような行動を取るのかが観察されるといった例があります。
このような研究のためのバーチャルリアリティに映像として登場する犬についてのレビューなどは今のところほとんど無いのだそうです。
この度、イギリスのリバプール大学の健康生命科学部の学生によって、VRを使った人と犬の相互作用研究に関連する10件の論文を対象にして映像中の犬モデルの仕様について検証が行われ、その結果が報告されました。
対象となった論文のほとんどは恐怖症に関するもの
この調査のためのVR犬モデルを使った研究論文は、googleスカラーなど複数の大規模データベースに加えて、心理学、獣医学、医学、コンピュータ工学分野をカバーした10のデータベースから検索して10件が選ばれました。
選ばれた研究論文のうち6件は犬恐怖症の査定や治療に関するもの、3件は犬を含む動物恐怖症に関するもの、1件は散歩中の人間と仮想犬の相互作用について調査したものでした。また、全ての論文は2008年以降に発表されたものです。
恐怖症の研究では、仮想犬を見た被験者がどのくらい苦痛であったかを主観的に見て評価するテストのためなどに使用されました。また、仮想犬を見た時の心拍数や発汗を記録した研究もありました。
恐怖症の人にとって仮想犬は恐怖、苦痛、不安、行動反応を引き起こすものでしたが、バーチャルリアリティを使用しての治療は効果を示していました。
と、このように治療に使うものですから犬にはリアリティが求められます。また犬のサイズ、犬種、毛色なども慎重に検討して決定する必要があると考えられます。その点についてはどうだったのでしょうか。
仮想犬の犬種、色、行動など
10件の論文のうち仮想犬の犬種を明記していたのは7件でした。そのうち6件は1種類の犬のみが登場しており、犬種はジャーマンシェパード、ビーグル、ドーベルマン、ロットワイラーです。ビーグル以外は大型犬で威圧感のあるタイプです。犬恐怖症の人にとっては最も恐怖レベルが高いタイプとも言えます。
1件は複数の犬種が登場しており、犬種はドーベルマン、コッカースパニエル、ラブラドール系ミックス、ロットワイラー系ミックス、キャバリア×プードルミックス、日本スピッツでした。これは散歩中の人と犬の相互作用を観察するための研究でした。
恐怖症の研究では2件の論文がそれぞれドーベルマンを選んだ理由と、ロットワイラーを選んだ理由について言及していました。しかしどちらも「ドーベルマンを怖いと思う人が多い」「ロットワイラーは怖そうなのでリアリティがある」という正当な理由とは言えないものでした。
他の論文では犬種選定の理由は言及されていませんでした。また、VR内の犬の行動の種類や数についても論文によってバラツキがあり、行動に関する説明も限定的なものでした。仮想犬がなぜそのような行動を取るのかについても、正当な理由や科学的根拠に乏しいことも分かりました。
研究者はバーチャルリアリティ内の犬モデルには、科学的な証拠に基づくアプローチが欠けている傾向があったと報告しています。これは今後のVRを使った研究においての大きなテーマとなると考えられます。
まとめ
犬恐怖症の治療研究や、犬と人との相互作用研究のために使用されたバーチャルリアリティの中の仮想犬に関するレビューを実施したところ、仮想犬の犬種の選定や行動について、科学的な根拠や証拠が十分ではない傾向があったという報告をご紹介しました。
これは研究の分野が犬と直接関係がない場合に起こりがちだと考えられますが、改めてレビューが実施されて改善点が指摘されるというのはありがたいことです。
バーチャルリアリティという新しいツールが表現するものが、科学的に正しいものになればさらに心強いですね。それが犬に関することならば尚更!と皆さんも思われるのではないでしょうか。
《参考URL》
https://doi.org/10.3389/frvir.2022.782023