犬の病気の治療が人間の医療研究のモデルとなる理由
近年、人間の病気の治療方法の研究として犬の病気の治療法を開発して、それを人間に応用するという例が増えています。
研究や治験に使われる動物と言えばマウスやラットが一般的ですが、人為的に病気を発生させたマウスと違って、犬の場合は自然発症した病気の治療という点でより人間に近く、人間に応用した場合の予想がし易いという利点があります。
また犬は遺伝的、環境的に多様性に富み、人間と同じ生活環境を共有している点でも研究のための動物モデルとして最適です。
この度、東京大学大学院農学生命科学研究科の研究者が進行性前立腺ガンの新しい免疫療法が、前立腺ガンを発症した犬に対して有効だったという結果を発表しました。
犬の前立腺ガンと制御性T細胞
前立腺ガンは世界中で男性の癌として最も一般的なものです。人間では効果的なホルモン療法が確立しており多くの場合は予後良好ですが、約10%はホルモン療法に反応せず進行性となります。進行性の場合の予後は良くありません。
人間の他に前立腺ガンの発生率が高いのは犬だけであり、人間の患者のための有望な薬を特定するために犬が優れたモデルとなります。
この研究では「制御性T細胞」という免疫抑制細胞を制御することが焦点となっています。
制御性T細胞の本来の役割は、白血球が自己の身体の細胞を間違って攻撃しないよう抑制するなど重要なものですが、癌(腫瘍)においてはこのT細胞が免疫系によるガン細胞攻撃の能力を阻害している可能性があるとされています。
制御性T細胞を制御する抗Treg治療
研究者は臨床獣医師と協力して進行性前立腺ガンを発症した犬を検査し、制御性T細胞の腫瘍内への浸潤(しんじゅん=水が少しずつしみ込むように入り込んでいくこと)のメカニズムを明らかにしようとしました。
犬のガン細胞の周りには過剰な制御性T細胞がぶら下がっていることを繰り返し発見しました。これは制御性T細胞が腫瘍組織に浸潤している状態です。
また、前立腺ガンではCCL17というケモカイン(細胞の移動を促進するタンパク質)が増加していることが発見され、さらにガン組織に存在する制御性T細胞がCCL17の受容体であるCCR4を高発言していることが確認されました。
進行性前立腺ガンの犬にCCR4阻害剤を投与したところ、血液中とガン組織中の制御性T細胞が減少し、生存率の改善、有害事象の発生率の低下を示しました。こうして制御性T細胞(Treg)を制御する「抗Treg治療」の効果が確認されました。
また、人間の進行性前立腺ガンにおいても一部の患者は犬と同じメカニズムで制御性T細胞の腫瘍内浸潤が起こっていることも分かったため、犬の抗Treg治療が人間のための新しい治療方法につながることが期待されています。
まとめ
犬は人間以外では前立腺ガンを発症する唯一の動物で、犬の進行性前立腺ガンに対して抗体薬が効果を示したこと、この治療方法は人間の同じ病気に対しても有望であることをご紹介しました。
犬はマウスを使っての研究よりも人間との共通点が多く、病気の犬の治療をすることが研究になるというのはより人道的でもあります。人間の治療方法を見つけることにまで助けになってくれる犬たちに、改めて感謝したい気持ちです。
《参考URL》
https://www.a.u-tokyo.ac.jp/topics/topics_20220207-1.html
http://dx.doi.org/10.1136/jitc-2021-003731