犬は飼い主の匂いにプラスの感情を抱いている
アトランタにあるエモリー大学の神経経済学者であるグレゴリー・バーンズ氏をリーダーとする研究グループによる犬の脳画像研究の結果が、『Behavioural Processes』誌の2014年3月6日号に発表されました。
これは、飼い主の匂いが犬の脳の快感に関連する部位を強く活性化させることを明らかにした研究です。
バーンズ氏は、この研究により「犬と人間の尾状核の構造と機能は、驚くほどの類似性がある」と結論づけています。
尾状核とは、左右の大脳半球に1つずつあるオタマジャクシのような形をした神経核で、学習や記憶に重要な役割を果たしていると考えられている部分です。
そして尾状核は、人間では食べ物、愛、お金などの「楽しみ、快感」といったプラス(ポジティブ)の期待に関連する部位です。
尾状核の活性化には非常に一貫性があるため、適正な状況下で計測すると、その脳画像で食べ物、音楽、美に対する好みまで予知することができるのだそうです。
研究グループは、犬に対して以下の5種類の匂いを嗅がせました。
- 犬自身の匂い
- 知らない犬の匂い
- 一緒に暮らしている犬の匂い
- 知らない人間の匂い
- 一緒に暮らしている人間の匂い
この内、最も尾状核を活性化させたのは「一緒に暮らしている人間の匂い」で、2位は「一緒に暮らしている犬の匂い」でした。
つまり、犬は飼い主さんの匂いに対して最も強くプラスの感情が喚起されたということです。
そしてこの結果は、飼い主さんの匂いが犬の心にいつまでも記憶として残るということも示唆していると考えられています。
この研究の画期的な点
この研究の画期的な点は、「飼い主として嬉しい結果だね」という部分ではありません。
犬に麻酔もかけず拘束もせずにMRI撮影をしている点です。
犬のMRI撮影では、全身麻酔をすることが常識です。
しかしそれでは、知覚や感情に関する脳の機能は調べられません。
研究グループは、MRIが発する騒音から耳を保護するための耳あてをつくり、撮影中に犬を固定させるためのあご置きを作成し、30秒間じっと身動きしないでいることを覚えさせる訓練を何ヵ月も行った12頭の犬たちで、実験を行いました。
おかげで、行動観察しか研究対象にできなかった動物心理学を、MRIによる脳画像から神経科学的に解明できるようになったのです。
そして、犬にも人間と同じような愛や愛着といったプラスの感情を経験する能力があることが解明されたのです。
バーンズ氏は、この結果は、犬に人間の子供と同水準の感覚性があることを意味していると考えています。
犬の権利を議論する時代が訪れる?
バーンズ氏は、「犬には愛や愛着と言ったプラスの感情を経験する能力がある、人間の子供と同水準の感覚性を持った犬や動物をモノ扱いしてはいけない」と主張しています。
米国で長い間所有物として考えられてきた犬は、1966年の動物保護法や州の法律により厳しい規制に変わりました。
しかしその中で、「動物の苦痛を最小限にする適切な配慮さえ行えば処分できる」というモノ扱いの考え方が定着してしまったというのです。
バーンズ氏は、やがて脳画像の所見に基づいて犬の権利を議論する日がやってくるだろうと予測しています。
プラスの感情を持つことが明らかになった動物には限定的な人間性を認めようというのです。
しかし、無麻酔・無拘束で脳画像を撮影できるように訓練できるのは犬とごく一部の霊長類くらいなのではないでしょうか。
そう考えると、犬も含めて動物の権利を議論する時代は、まだまだかなり先のことになりそうです。
まとめ
この研究の被検対象となった犬たちは、きちんとMRIに入って30秒間じっとしていることができた犬たちです。
つまり、日頃からきちんと飼い主さんにしつけられ、お互いにしっかりとした信頼関係を築いている関係だったのではないでしょうか。
できれば、飼い主さんとの関係が希薄な犬たちで同じ実験を行った場合、飼い主さんの匂いに対してどの程度尾状核が反応するのかについて、興味があります。
いずれにしても、被検対象となる動物たちに苦痛を与えることなく、さまざまな犬たちの心理や感情が解明されていくことに期待したいです。