英国における19世紀から現在までのドッグトレーニングの文化と歴史

英国における19世紀から現在までのドッグトレーニングの文化と歴史

犬と暮らす人にとってトレーニングは切り離せないものですが、その論理や方法は文化の一部であり、時代と共に大きく変わって来ました。イギリスのドッグトレーニングがどのように変遷して来たかをご紹介します。

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犬のトレーニングの変遷を探る

グループトレーニングの犬たち

近年、犬のトレーニング方法は目覚ましい変化を遂げており、より人道的で効果的な方法が知られるようになっています。トレーニング方法の変化は一般に公開されているトレーニングマニュアルの変遷を調べることでも分かります。

この度、イギリスのウォーリック大学とカーディフ大学の社会学の研究者チームが、19世紀半ばから現在までのドッグトレーニングのマニュアルをベースにしてイギリスにおける犬のトレーニングを分析し、文化と社会的な力の変遷を探りました。

たいへん興味深いことに、犬のトレーニングは社会の中のさまざまな権力の変遷を反映しており、その流れを通して犬と社会の両方に対しての理解が深められます。

19世紀のドッグトレーニング

銃を持つ男性と寄り添う犬の絵画

この研究で分析された最も古い犬のトレーニングマニュアルは19世紀半ばの1848年に出版されたハッチンソン著の猟犬(ガンドッグ)のトレーニング本です。19世紀のイギリスにおいて犬のトレーニングと言えば、上流階級の男性による猟犬のトレーニングのことでした。

19世紀前半では、猟犬は主人のハンティングのための道具であり絶対服従が当然でした。貴族の男性は犬を力で抑え付けることが権力と男らしさの象徴であり、犬の訓練はしばしば残酷な方法で行われました。

ハッチンソン氏のマニュアルは同じように上流階級の男性を対象にしたものですが、猟犬のトレーニングは人道的で絶え間ない優しさを持って行われるものでなくてはならないとした点で画期的でした。

犬に対して忍耐と自制心持ち、本能をコントロールするべきは犬だけでなく男性の方も同様であることこそ文明の証であるとされました。

物理的な力を使うのは最後の手段としてのみで、その際も拳で殴ったり足で蹴るといった下品な手段ではなく、鞭を使うことが推奨されました。現代の感覚では「え?」と思いますが、罰が全てではないという点では前の時代と比べると進歩があったと言えます。

ハッチンソン氏は「犬は知的で自分で考えることができる動物である」という概念に基づいてトレーニングを行ったという点でも画期的でした。

また19世紀後半においては、女性に使役犬のトレーニングはできないというのが常識でした。

上流階級の女性が触れ合う犬は小型の愛玩犬に限られ、これらの犬にトリックを教えることは子供や女性のための教育活動と見做されていました。犬のための教育ではなく、あくまでも子供と女性のためのものである点に留意してください。

20世紀、ドッグトレーニングはどのように変化したか

兵士と犬のシルエット

20世紀の初頭、警察犬と軍用犬という新しい犬の役割が生まれました。その際にヨーロッパを中心に大きな影響を与えた犬のトレーニング方法はドイツのコンラッド・モスト大佐が考案したものでした。

モスト大佐のトレーニングは「支配と階級」に基づいたもので、人間は犬を支配する上位の階級でなくてはならないとしています。犬が人間に服従して使役されるためには犬の本能を制御して導くことが必要だとされました。

第一次大戦から第二次大戦に続く戦争と権力の時代には、犬のトレーニングも力で抑え込むことにのみ焦点が当てられたようです。当然ながら、この時代にも女性のドッグトレーナーという概念はありませんでした。

第二次大戦後、人々の生活や経済が落ち着きを取り戻すに従ってコンパニオンドッグの数が増え始め、使役犬ではなくコンパニオンドッグのトレーニングの需要が高まり始めました。1947年にはコンパニオンドッグのためのトレーニング本が出版されています。

1950年代から60年代にかけては「犬は家族の一員」という意識を持つ人が増え始め、愛情をベースとした感情的なつながりという、犬と人間の新しい関係が始まりました。

特筆すべきは1954年にバーバラ・ウッドハウスという女性がコンパニオンドッグのトレーニング本を著したことです。ウッドハウス氏は愛情をベースにして犬にたくさんの賞賛を与えることを推奨しました。

ただし、これは言葉で褒めたり撫でたりすることで、トリーツなどを使うものではありません。また犬の行動を修正するためには感情を込めずにチョークチェーンを引っ張る、叩くなどの罰を与えることも必要だとしています。

1960年代から70年代にかけては犬のトレーニングに科学的な研究の結果が取り入れられるようになりました。その多くは「犬の行動は祖先であるオオカミに関連している」というものです。

犬は飼い主家族という群れの一員であり、命令を下す群れのリーダーは常に男性であること。群れの中での女性の役割は犬に快適性と利便性を与える存在であることなど、性別と権力の概念の影を色濃く残しています。

現代の感覚で見ると犬だけでなく人間にとっても酷い話ですが、それでもこの間に犬への体罰に対する疑問が投げかけられるようになり、罰と力を含まないトレーニング技術が増え始めました。

1990年代に入って動物行動学と行動主義に基づく「正の強化」のトレーニング方法が注目を集め始めました。しかし90年代の時点では、オペラント条件付けなど正の強化の方法を取っていても、群れの中の階層と優位性という概念は残っていました。

20世紀後半の大きな変化のひとつは女性トレーナーの台頭です。使役犬とコンパニオンドッグというカテゴリー分けの他に、アジリティなどドッグスポーツのトレーニングの需要が増えるにつれて女性トレーナーの数も増加しました。現在ではイギリスのドッグトレーナーの大半は女性が占めているということです。

21世紀、犬の認知に基づいたトレーニング

アジリティトレーニングをする犬と女性

21世紀に入り「正の強化」を使ったトレーニング方法は一般の飼い主にも広く浸透するようになりました。

しかし前世紀と比べて最も大きい変化は、犬の認知についての研究が広く深く行われるようになり、犬が何をどのように感じたり考えたりしているのかがどんどん明らかになっていることです。

犬の嗅覚は単に人間の何万倍も優れているというだけでなく、嗅覚を通して犬が何を知り感じているのか。期待を裏切られたり体罰を受けることが続くと、犬の脳内物質にどのような変化が起きるのか。視覚や聴覚を通して犬の脳のどの領域がどのような反応をするのか。

これらはほんの一例ですが、このような研究結果は現代のトレーニング方法にも反映されるようになっています。

しかし一方で、2020年代の現在でも使役犬のトレーナーを中心に物理的な力や権威主義を大切にする一派もあり、これらの人々は現在主流となっている「報酬をベースにした正の強化」のトレーニング方法に批判的な立場を取っています。

まとめ

トレーニング中の男性と犬

イギリスで発表された、犬のトレーニング方法に見る文化と権力の移り変わりについてご紹介しました。

発表された記事はイギリスでの歴史をメインにしているのですが、日本の飼い主さんたちにとっても大いに参考になるかと思います。

犬のトレーニングが社会のあり方や女性の立場などを反映しているというのは実に興味深く、こんなところにも犬と人間のつながりの歴史が表れていると言えます。

《参考URL》
https://ro.uow.edu.au/cgi/viewcontent.cgi?article=1485&context=asj

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