飼い主の混乱を取り除く、専門家が勧めるトレーニング方法
近年、犬のトレーニングの方法は、ご褒美を使って望ましい行動を定着させていくという「報酬ベースのトレーニング」が主流になりつつあります。
しかし一方で、科学的に誤りが指摘された方法や論法も数多く使用されたり言及され続けています。例えば「○○な行動は犬になめられているから」「望ましくない行動への天罰方式」などはその一例です。
このような現状は一般の飼い主に混乱を引き起こし、犬に対して効果的なトレーニングができないだけでなく、犬の福祉を損なうことにもつながっています。犬のトレーニングに支障を来たすことは、犬だけでなく周囲の人間への安全という点でも大きな問題です。
この事態を重く見たアメリカ獣医動物行動学協会は、犬のトレーニングに関する正式な見解を発表しました。
獣医動物行動学協会の専門家たちが犬のトレーニングに関する文献を徹底的に検証した結果から、一貫して勧める方法は「報酬ベースの方法のみを使ったトレーニング」です。数々の科学的な証拠は全てこの方法をサポートしています。
どうして嫌悪的な刺激を使うことは良くないのか
報酬ベースの方法の反対は「嫌悪的な刺激を使ったトレーニング方法」です。嫌悪的な刺激とは、大声で叱る、大きな音で驚かせる、水スプレー、チョークチェーン、リードを強く引く、叩くなどを指します。
嫌悪刺激を単独で使うだけでなく「必要に応じて報酬と混合して使う」ということも勧められません。犬の行動を変えるために嫌悪刺激が必要であるという科学的な証拠がないことに加え、短期と長期の両方で嫌悪刺激が犬に与える悪影響の証拠が示されているからです。
犬の行動の観察研究では嫌悪刺激を与えられた犬への短期的な影響は、全身の緊張、姿勢を低くする、口周りをしきりに舐める、尻尾を下げる、前脚を上げる、あくび、ハアハアという荒い呼吸、叫ぶような鳴き声などストレスに関連する行動を示しています。
行動だけでなく、唾液中に分泌されるストレスホルモンのコルチゾールもストレス行動と共に増加したという報告が数多くあります。
また嫌悪刺激を伴ってキューを出した場合、その後嫌悪刺激を使わなくても犬はキューを出されるたびにストレス関連の行動を示し続けたという複数の研究もあります。
長期的な影響では、嫌悪刺激を使った方法で訓練された犬の、人間や他の犬に対する攻撃的な行動や不安障害などとの関連が調査研究によって示されています。嫌悪刺激を使う方法が当の犬だけでなく、周囲の人間や他の動物の安全にも悪影響であることがわかります。
報酬ベースを使った場合と嫌悪刺激を使った場合の差
また、数多くの研究文献は報酬ベースを使った場合の有効性も示しています。これはトレーニングの結果がすぐに出るということだけでなく、短期および長期の福祉、犬と人間の関係性までも含めてのことです。
報酬ベースの方法でトレーニングされた犬は、飼い主への注意力が高まったことが報告されています。
また、嫌悪刺激を与えることで犬の問題行動は一時的に止まりますが、犬は何が望ましい行動なのかを示されないままなので、問題とされる行動は依然として残ったままになります。しかし、報酬ベースでは望ましい行動が報酬によって強化されるため、望ましい行動が定着していきます。
報酬ベースの方法のみでトレーニングされた犬は、出されたキューに対して従順に反応する割合が最も高いことが複数の調査研究で報告されています。報酬と嫌悪刺激を混合した方法はその次、嫌悪刺激のみの方法は最も低い反応割合でした。嫌悪刺激は犬が新しいことを学ぶ能力を損なうことが示されています。
報酬と嫌悪刺激の両方を使う方法は「必要に応じて」「バランスの取れた」などの言葉で表現されることが多々ありますが、複数の調査結果が報酬ベースのみよりも効果が低いことと、嫌悪刺激に対する犬のストレスを報告しているので、両方を混合して使うメリットはありません。
また、報酬ベースのトレーニングをされた犬は飼い主の前で遊ぶ時間、飼い主について歩く行動、飼い主を歓迎する行動、飼い主とのアイコンタクトがより多いという報告もあります。これは犬と暮らす人間にとっての最高の報酬と言えますね。
まとめ
アメリカの獣医学と動物行動学の専門家たちが数々の研究文献を検証した結果から、犬のトレーニング方法として、報酬ベースの方法のみを推奨する見解を発表したことをご紹介しました。
この見解文の最後でも「嫌悪的なトレーニング方法は動物福祉および人と動物の絆の両方に悪影響を及ぼす」と述べています。
嫌悪的な方法が報酬ベースよりも効果的であるという証拠は全くないため、アメリカ獣医動物行動学協会は単独であれ、混合であれ一切の嫌悪的な方法をトレーニングや行動障害の治療に使用すべきではないともアドバイスしています。
報酬ベースのトレーニングだけで改善されない行動障害は投薬などの医療処置、環境の変更などの方法が必要な場合もあります。しかし、獣医学と動物行動学の専門家たちが嫌悪的な刺激を使う訓練を使うべきではないという見解に「例外は無い」と断言していることは、一般の飼い主もしっかり覚えておきたい点です。