シベリアの犬を考古学と人類学の視点で研究
犬という動物は常に人類と共に生活して来たので、犬の進化の歴史は人間の社会の歴史と密接に結びついています。
この度、デンマークのコペンハーゲン大学をはじめとする複数の研究機関の考古学者や人類学者による研究チームが、シベリア北極圏とユーラシア大陸各地の様々な年代の犬のゲノム分析を行い、シベリア犬の進化と当地の文化の関連についての研究結果を発表しました。
シベリア北極圏では犬は約1万年近くに渡って生活に不可欠であり、犬たちと人間の強いつながりは今も続いています。発表された研究結果はこの地の生活文化の変遷と犬種の進化を物語っていました。
石器時代から現代までの犬のゲノム分析が示した貿易の歴史
研究チームは約1万1千年前から60年前の期間のもので、シベリアとユーラシア各地からの49頭分の犬のゲノムを分析しました。これによりシベリア北極圏の犬は少なくとも7000年前まで、他の犬の個体群からほぼ孤立して進化した可能性が示されました。
9500年前から7000年前の時点までシベリアの犬は遺伝的に均質だったということです。
しかし、約2000年前の時点からユーラシアの犬に由来する遺伝子が増加していることが分かりました。この約2000年前の時点のデータとなったのは、ゲノム分析された49頭のうち4頭で2016年に北西シベリアで発見された約2000年前の大規模な犬の墓地から発掘されたものでした。
この遺跡からは100頭以上の犬の遺体が発見されたのですが、その他にガラスビーズや金属製の器などが含まれていました。これらの物質は当時の現地では製造することができず、ユーラシアの草原地帯、黒海周辺、近東などから持ち込まれたと考えられます。
つまり2000年以上前にシベリアのこの地は長距離貿易の取引範囲の一部だったことが分かります。この頃からシベリアの犬がユーラシア由来の遺伝子を持ち始めたことは、犬も貿易商品の1つであったことが伺えます。犬は狩猟や輸送のための貴重な財産として売買されていました。
元来のシベリア犬とは違う行動特性が必要になった理由
約2000年前のその時期は貿易の他に、鉄鉱石の採取とその加工、輸送手段としてのトナカイの利用などが始まった時期でもありました。トナカイの家畜化は徐々に進み、シベリアにおいては約800年前に大規模なトナカイの牧畜が出現しました。
トナカイを放牧するに当たって、主に狩猟やソリを引く仕事をしていたシベリアの犬はハーディングに最適ではありませんでした。トナカイのハーディングに有用な行動特性を持ち尚且つ北極圏の過酷な気候条件に適応している犬が必要とされ、犬の選択交配が進んで行きました。
この選択交配の戦略は、最終的にサモエドに代表される現代のシベリア犬の系統につながりました。サモエドのゲノムの大部分は北極圏の犬の系統なのですが、ハスキーに比べるとはるかに西洋ヨーロッパの影響を示しているそうです。
まとめ
1万年以上の期間に渡るシベリアとユーラシアの犬のゲノム分析をした結果、貿易の発達と共にシベリアにユーラシアの犬の遺伝子が入り始め、その後に冶金や牧畜の発達に併せて現代のシベリア犬の選択育種が始まった可能性が示されたという研究をご紹介しました。
日本でも見かけることのあるシベリアンハスキーやサモエドの進化と人類の文化の歴史が密接にリンクしていることはとても面白く感じます。これは他の犬種や他の地域でも同様で、犬という生き物がどれほど人間に近い存在かを改めて伺い知ることができます。
《参考URL》
http://dx.doi.org/10.1073/pnas.2100338118