キャバリアキングチャールズスパニエルにおける有害な遺伝子変異の蓄積について―粘液腫様変性性僧帽弁疾患に関連して【研究結果】

キャバリアキングチャールズスパニエルにおける有害な遺伝子変異の蓄積について―粘液腫様変性性僧帽弁疾患に関連して【研究結果】

キャバリアキングチャールズスパニエルは僧帽弁閉鎖不全症の好発犬種として知られていますが、それと関連して研究されたキャバリアの遺伝子についての結果が発表されました。

お気に入り登録
SupervisorImage

記事の監修

東京農工大学農学部獣医学科卒業。その後、動物病院にて勤務。動物に囲まれて暮らしたい、という想いから獣医師になり、その想い通りに現在まで、5頭の犬、7匹の猫、10匹のフェレットの他、ハムスター、カメ、デグー、水生動物たちと暮らしてきました。動物を正しく飼って、動物も人もハッピーになるための力になりたいと思っています。そのために、病気になる前や問題が起こる前に出来ることとして、犬の遺伝学、行動学、シェルターメディスンに特に興味を持って勉強しています。

犬種の作出が有害遺伝子の蓄積に与える影響を調査

3匹のキャバリア

約1万5千年前までに犬の家畜化が始まって以来、人間は犬を選択的に繁殖して特定の仕事に適した気質や形態を作り出して来ました。特に過去約200~300年の間に犬の繁殖は厳密に管理され、繁殖に用いる犬を限定しながら品種改良と新品種の作出が行われた結果、犬の形態と行動に並外れた多様性が生み出されました。

しかし、犬の形態や行動を固定させるために遺伝的な多様性は少なくなり、病気の原因となる有害な遺伝子が蓄積され、犬種特有の病気やある病気になる確率が異常に高い犬種が存在することになりました。しかし、それがここ数百年の選択的繁殖の結果なのか、犬種によってどのように違うのかなどは分かっていませんでした。

そこで、スウェーデンのウプサラ大学の生命科学の研究者たちによるチームは、犬種作出がもたらした有害遺伝子について調査するため、8犬種各20頭ずつ計160頭の全ゲノムシーケンスデータを生成し、蓄積された有害遺伝子について犬種間で比較しました。また、キャバリアキングチャールズスパニエルで非常に多い粘液腫様変性性僧帽弁疾患に関連する可能性のある遺伝子変異(塩基多様)も特定したと発表しました。

8犬種の全ゲノム情報を比較

診察を受けるキャバリア

研究チームが全ゲノムシーケンスデータを作成、比較した8犬種はビーグル、ジャーマンシェパード、ゴールデンレトリーバー 、ラブラドールレトリーバー、ロットワイラー、ウエストハイランドホワイトテリア、スタンダードプードル、キャバリアキングチャールズスパニエル(以下、キャバリア)でした。8犬種は様々な犬種グループに属し、また過去の研究からどの程度選択的な繁殖が行われてきたかが異なることが分かっています。

その結果、この8犬種の中ではキャバリアで最も多く有害である可能性がある遺伝子が見られました。生存に不利な状態をもたらす変異遺伝子が存在する量を遺伝的荷重と言いますが、犬種によって遺伝的荷重に差があり、今回調べた8犬種の中でキャバリアは最も遺伝的荷重が多い犬種であったということです。過去の別の研究によってもキャバリアは遺伝子多様性が少ない犬種であることが分かっており、今回の結果もそれらの結果と一致します。

これはキャバリアの歴史に起因していると考えられます。キャバリアの原型とも言える小型のスパニエルタイプの犬は少なくとも1000年前から存在しており、その名の由来でもあるチャールズ王1世と2世のスチュアート朝の時代も含め、アジアとヨーロッパの王侯貴族の間で数百年に渡って人気がありました。

ある生物の歴史で個体数が減少し、その際に残った集団で繁殖した生物において、ある形質に関わる遺伝子が無作為に選択され、次世代に伝わるその遺伝子の頻度が増加する現象が起きることが繰り返されるうちに、遺伝的多様性が低くなる現象を『ボトルネック効果』と言います。

キャバリアでボトルネック効果が多く起こった理由についての詳細は不明ですが、キャバリアの1000年以上の歴史の中で、それまで好まれていた短頭タイプの犬(現在のキングチャールズスパニエル)から現在のキャバリアのようなマズルの長いタイプが好まれるようになった時期や、個体数が激減した第二次世界大戦などにおいてボトルネック効果を多く経験し、その結果有害な遺伝的変異が多く蓄積されたと推測されます。キャバリアが犬種としてKCに公認されたのは1945年ですが、それ以前の長い歴史の中で有害な遺伝子が蓄積されていた可能性があるそうです。また、今回研究対象となった8犬種は異なった犬種グループ(キャバリアなら愛玩犬種、ラブラドールなら鳥猟犬種など)に属しているものが多かったことから、200~300年前よりもさらに数百年前から、有害な遺伝子の蓄積の度合いに犬種差が生じていた可能性も考えられるそうです。

粘液腫様変性性僧帽弁疾患に関連する遺伝的変異

診察を受けるダックスフンド

キャバリアという犬種に多い病気と言えば心僧帽弁閉鎖不全症です。粘液腫様変性性僧帽弁疾患

今回この研究チームは、キャバリアで見られた遺伝子変異の中から粘液腫様変性性僧帽弁疾患と関連する可能性のある10個の遺伝子変異を絞り込みました。そして、キャバリアほど多くはないものの僧帽弁閉鎖不全症の好発犬種であるダックスフンドにもその10個の変異があるかを調べました。粘液腫様変性性僧帽弁疾患のあるダックスフンドでも同じ変異が見られれば、その変異は粘液腫様変性性僧帽弁疾患と関連がある可能性が高くなるからです。

その結果、ネブレットという名の心筋中のタンパク質をコードするNEBL遺伝子の近くにあるいくつかの変異が粘液腫様変性性僧帽弁疾患と関連する可能性があることが分かりました。

それらの変異は僧帽弁の形や働きに関係のある乳頭筋という部分に変化を起こすことによって、粘液腫様変性性僧帽弁疾患と関連する可能性があると研究者たちは考えているそうです。

また、この研究を含め、最近は犬種作出の過程や近親交配による有害な遺伝子変異の蓄積を示す論文が多く発表されるようになっていて、犬や各犬種における遺伝的荷重が問題視されていると言えます。

過去の長い歴史の中での極端な繁殖が、病気で苦しむ犬を作り出して来たと言うことができるでしょう。さらなる研究が必要な分野であり、粘液腫様変性性僧帽弁疾患の原因についてもいまだ明らかにはなっていません。心臓の遺伝病を持つ犬を減らしていけたらいいですね。

まとめ

犬種の違う犬5頭

キャバリアキングチャールズスパニエルでは遺伝的荷重が高いことが示された、またキャバリアで特に多い粘液腫様変性性僧帽弁疾患に関連する可能性のある遺伝的変異が特定されたという話題をご紹介しました。

遺伝的な病気を持って生まれてくる犬が減るように、新しい研究結果が追加されるのを楽しみに待ちたいと思います。

《参考URL》
https://journals.plos.org/plosgenetics/article?id=10.1371/journal.pgen.1009726
Axelsson E, Ljungvall I, Bhoumik P, et al. The genetic consequences of dog breed formation-Accumulation of deleterious genetic variation and fixation of mutations associated with myxomatous mitral valve disease in cavalier King Charles spaniels. PLoS Genet. 2021;17(9):e1009726.
https://doi.org/10.1371/journal.pgen.1009726

【本研究について獣医師の補足】

僧帽弁閉鎖不全症は僧帽弁逆流症や弁膜症などと呼ばれることもありますが、左心房と左心室の間にある僧帽弁がきっちりと閉まらなくなることで血液の逆流が起き、血液をきちんと全身に送り出すことができなくなる結果、肺水腫や心不全などを起こす病気です。僧帽弁閉鎖不全症の原因の多くは僧帽弁粘液腫様変性だと考えられていますが、僧帽弁粘液腫様変性が起こる原因は分かっていません。ただ、僧帽弁粘液腫様変性は遺伝性であり、多くの複雑に絡み合った原因があると考えられています。

粘液腫様変性性僧帽弁疾患は小型犬で多く見られますが、キャバリアでは特に多く、6~7歳のキャバリアの約50%で、11歳のキャバリアでは約100%で粘液腫様変性性僧帽弁疾患が見られるという調査結果もあります。

キャバリアの粘液腫様変性性僧帽弁疾患に関連すると考えられる遺伝的な原因については、遺伝子のある2つの領域が関係しているとする論文が発表されていますが、原因遺伝子を特定するまでにはいたっていません。今回の研究で特定された変異についても、心筋に関連するたんぱく質の調節に影響することやNEBL遺伝子によってコードされているネブレットという心筋中のたんぱく質の発現を減少させることが実験的に示されていますが、実際に粘液腫様変性性僧帽弁疾患の発症とどのように関わり合っているかまでは分かっておらず、今後の研究課題となっています。

《参考論文》
Birkegård, A. C., Reimann, M. J., Martinussen, T., Häggström, J., Pedersen, H. D., & Olsen, L. H. (2016). Breeding Restrictions Decrease the Prevalence of Myxomatous Mitral Valve Disease in Cavalier King Charles Spaniels over an 8- to 10-Year Period. Journal of veterinary internal medicine, 30(1), 63–68.
https://doi.org/10.1111/jvim.13663

Madsen MB, Olsen LH, Häggström J, et al. Identification of 2 loci associated with development of myxomatous mitral valve disease in Cavalier King Charles Spaniels. J Hered. 2011;102 Suppl 1:S62-S67.
https://doi.org/10.1093/jhered/esr041

獣医師:木下明紀子
はてな
Pocket
この記事を読んだあなたにおすすめ
合わせて読みたい

あなたが知っている情報をぜひ教えてください!

※他の飼い主さんの参考になるよう、この記事のテーマに沿った書き込みをお願いいたします。

年齢を選択
性別を選択
写真を付ける
書き込みに関する注意点
この書き込み機能は「他の犬の飼い主さんの為にもなる情報や体験談等をみんなで共有し、犬と人の生活をより豊かにしていく」ために作られた機能です。従って、下記の内容にあたる悪質と捉えられる文章を投稿した際は、投稿の削除や該当する箇所の削除、又はブロック処理をさせていただきます。予めご了承の上、節度ある書き込みをお願い致します。

・過度と捉えられる批判的な書き込み
・誹謗中傷にあたる過度な書き込み
・ライター個人を誹謗中傷するような書き込み
・荒らし行為
・宣伝行為
・その他悪質と捉えられる全ての行為

※android版アプリは画像の投稿に対応しておりません。