犬の毛色を決めるキーとなる要素が明らかに
犬の毛色はその姿形の幅広さと同じように大きな多様性を持っています。今まで犬の毛色のパターンの違いは、家畜化の前後での突然変異および人工的な選択育種から生じたと考えられていたそうです。
しかし、毛色のパターンがどのように遺伝的に制御しているのかについては分かっていませんでしたが、この度スイスのベルン大学遺伝学研究所を含む国際的な研究チームによって、犬の毛色パターンの継承の謎が解明され、発表されました。
毛色を作る2種のメラニン色素とその制御スイッチとなるタンパク質
犬の毛色は『ユーメラニン』と呼ばれる黒〜茶色の色素と『フェオメラニン』という黄色〜ほぼ白の色素の2種類で作られています。ちなみにこれは人間の頭髪や体毛も同じです。
この2種類のメラニン色素が、どのようなタイミングで体のどの場所で形成されるかによって、私たちが知っている非常にバラエティに富んだ多彩な犬の毛色のパターンが生まれます。
犬の毛色において、どちらのメラニン色素が形成されるかはアグーチシグナルタンパク質が大きな役割を果たしています。アグーチシグナルタンパク質が存在する場合、色素を産生する細胞は黄色のフェオメラニンを形成します。存在しない場合には黒いユーメラニンが形成されます。
遺伝子にはプロモーターと呼ばれる転写制御を担う領域があります。プロモーターにおける転写制御は遺伝子の発現量を決めるものです。犬の毛色に関しては、腹側と背中側で別々のプロモーターがあり、腹側のプロモーターは腹部のアグーチシグナルタンパク質の産生に関与しています。
一方、背中側では発毛の特定の段階でアグーチシグナルタンパク質の産生を調整するプロモーターがあります。これは毛周期特異的プロモーターと呼ばれ、このプロモーターのおかげで一本一本が根元、真ん中、毛先で色の違う毛の形成が可能になります。
この研究では34犬種352頭の犬のRNAシーケンスデータを分析し、腹側のプロモーターで2つの遺伝的変異体、背中側の毛周期特異的プロモーターで3つの変異体を特定しました。変異体のうちの1つは、アグーチシグナルタンパク質の産生量を増加させるものでした。
以前の研究では、犬の背中側の毛色と腹側の毛色の組み合わせパターンは4種類だと考えられていたのですが、新しく発見された変異体のためにパターンは5種類あることも新しく分かりました。
発見された遺伝的変異体はオオカミにもあるのだろうか?
研究者たちは、この研究で特定された遺伝的変異体がオオカミにも存在するのかどうかを調査しました。現在、世界のさまざまな地域のオオカミのゲノムが公に利用できるようになっているため可能になった調査です。
調査の結果、アグーチシグナルタンパク質の産生量を増加させる変異体は、家畜化よりもずっと以前のオオカミにすでに存在していたことが分かりました。アグーチシグナルタンパク質が多く産生されるというのは、黄色から白の毛色を作るフェオメラニンが多く形成されるということです。
研究者はこの遺伝的変異について、オオカミの毛色を白っぽくすることで氷河期の雪の世界に適応したのだろうと考えています。今ではヒマラヤに住む真っ白なホッキョクオオカミや、明るい毛色のオオカミがこの遺伝的変異を持っているそうです。
他のイヌ科動物の遺伝子配列と比較すると、白っぽい毛色の犬やオオカミの変異体はヨーロッパオオカミよりもキンイロジャッカルやコヨーテと類似点が多かったということです。
このことから犬とオオカミの黄色〜白の毛色の変異体について唯一考えられる説明として、現在は絶滅したイヌ科動物とオオカミが200万年以上前に交配したことによって、オオカミがこの遺伝子を持つようになったというものだと研究者は述べています。
まとめ
犬やオオカミの明るく白っぽい毛色は、フェオメラニンを形成するためのアグーチシグナルタンパク質を多く産生する遺伝的変異体によるという発見をご紹介しました。
遺伝子の話は難しくてなかなか取っつきにくいのですが、現代に生きているイエローラブラドールや白いプードルには200万年以上前のイヌ科の先祖のDNAのカケラが存在していると思うと、連綿とつながる生物の進化や歴史が感じられるようでワクワクします。
《参考URL》
https://www.nature.com/articles/s41559-021-01524-x