相手の出す情報が正しいかどうか、犬も観察している?
私たち人間は、誰かとコミュニケーションを取る時に相手の言葉や行動について無意識のうちに「信用できるかどうか」「正解か間違いか」などの評価をしています。
評価と言ってもとても広い範囲の話で、例えば「この人が好きだから信用する」というのも評価のうちに入り、もっと単純な例で言えば「どうしてその場にいなかったことについて、さも見てきたかのように話をするの?」というモヤッとした感情などもこれに含まれます。
オーストリアのウィーン獣医科大学の比較認知の研究者が、犬もさまざまな手がかりを基にして人間から発せられた情報の真偽を判断するのだろうか?というテーマで実験を行い、その結果が発表されました。
犬が人間からのキューの真偽を判断するための実験
実験には、あらかじめボランティアとして募集登録の済んだ260頭の犬が参加。犬種別の特性などを考察するために、犬は全員が純血種でした。
犬たちは実験の前に「案内役」の実験者と対面し、案内役が小さいバケツを手に取って持ち上げ「これだよ!すごくいいものだよ!」と犬に声をかけ、犬が案内された通りにバケツのところに行くとトリーツにありつけるというトレーニングを受けました。
実験本番は次のようなものでした。飼い主と犬が、2つの小さいバケツが等間隔に置かれた実験室に通されます。バケツのどちらかにはトリーツが入っていて、どちらのバケツにも犬が簡単に開けられる厚紙が乗せられています。つまり視覚ではどちらのバケツにトリーツが入っているのか見えなくなっています。
実験の前のトレーニングの時と同じ案内役の人が、トリーツの入った方を持ち上げて「いいものだよ!」と声をかけ、犬はトリーツにありつきます。
その次のセッションは「案内役不在グループ」と「案内役在室グループ」で少し違う形で行われました。
「不在グループ」のセッションでは案内役がバケツAにトリーツを入れた後、そのままにして部屋を退室します。案内役と入れ替わりに別の人物「隠し役」が来て、バケツAの中のトリーツをバケツBに移動させます。犬はトリーツの移動、その間の案内役の不在などの一部始終を見ています。
「在室グループ」では案内役がバケツAにトリーツを入れた後に退室したものの、隠し役と共に再入室し、隠し役がバケツBにトリーツを移動させる間そばに居ます。こちらの場合も犬は一部始終を見ています。
どちらのパターンでもバケツの中のトリーツは隠し役によって、こっそりと取り除かれています。これは犬が嗅覚でトリーツのある方を選ぶことを防ぐためです。
こうして不在グループと在室グループで、再度案内役が犬に対して「これだよ!いいものだよ!」とどちらかのバケツを案内するのですが、どのような結果が出たのでしょうか。
犬たちは「ウソだ〜」と感じている可能性
結果は明確でした。「案内役不在グループ」の犬たちのうち約半数(48%)は、案内役が「こっちだよ!」と指し示したキューを無視して自分の視覚を頼りに行動しました。トリーツの移動の間、案内役が在室していたグループの犬たちのうちキューを無視したのは29%でした。
案内役が不在の間にトリーツが移動させられたのを見ていた犬は、案内役が「こっちだよ」とキューを出しても「ウソだ〜、見ていなかったから知らないじゃない」と感じていたという可能性があります。
ちなみに過去の研究で、人間の5歳児、オナガザル、チンパンジーを対象にして同じ実験を実施した結果、子どももサルたちも案内役のキューの通りに行動する率が犬よりもはるかに高かったのだそうです。ちょっと意外な感じがしますね。
しかし実験に参加した様々な犬種のうち、牧羊犬種のような人間との協力のために育種された犬種では、どちらのグループでも案内役のキューに従う犬が多かったのだそうです。
研究者はこの件について、キューが正確でないことを分かっていても最初のトレーニングで条件付けられた通りに行動しているのではないかと述べ、また独立気質の強いテリア種の犬たちも、どちらのグループでも案内役のキューに従う率が高かったのだそうです。
研究者は、この犬種の犬たちは案内役のキューを探索ゲームへの招待として解釈していたのではないかと述べています。
もちろんこれらは仮説ですので、犬が人間のウソを見抜いているかどうかは今後さらに実験や調査を通じて追加の証拠が必要だということでしょう。
まとめ
人間が犬に対して、明らかに矛盾のあるキューを出した時、キューではなく自分の感覚に従って行動する犬が多いため、犬は人間のウソや偽りを見抜いているのではないか?という研究結果をご紹介しました。
犬と一緒に暮らしていると、空気を読むことに長けていたり、こちらの気持ちを察しているとしか思えない行動を見せたりすることに驚かされます。また周りの人間の行動をとてもよく観察しているのもご存知の通りです。ですからこの研究が示した可能性についても「なるほど」と素直に思わせられますね。
《参考URL》
https://royalsocietypublishing.org/doi/10.1098/rspb.2021.0906#RSPB20210906F1