犬の出自、生活環境とトレーニングへの反応の関連を調査
犬が過去にどのような環境で生活していたかを知ることは、犬の行動や認知能力を予測する上で大切な要素です。
ブラジルのミナスジェライス州立カトリック大学の生物科学の研究者が、動物保護施設で暮らす保護犬と家庭で飼われている犬に同じトレーニングを行なった場合、犬の反応に違いがあるか、あるとすればどのような違いがあるのか、トレーナーの行動と犬の反応に関連はあるのかといった調査を実施しました。
犬の出自と生活環境はトレーニングへの反応にどのような関連があったのでしょうか。
シェルターの保護犬と家庭犬に同じトレーニングをしたら
トレーニング実験に参加したのは保護施設で暮らしている犬15頭と、一般から募集された家庭犬15頭でした。どちらも年齢や犬種は様々で、保護犬の平均体重は11.6kg、家庭犬の平均体重は6.7kg、全頭の平均年齢は4.34歳でした。
トレーナーは2人いて、トレーニングは「おすわり」と「お手」の2種類のコマンドを教えるというもので、クリッカーとトリーツを使った報酬ベースでの条件付け(陽性強化法)を行う方法が採られました。どちらのトレーナーも保護犬と家庭犬の両方のトレーニングに参加しましたが、1匹の犬に対しては決まった1人のトレーナーが毎回トレーニングセッションを行いました。
できるだけ条件を同等にするために、保護犬は施設内の静かな部屋で、家庭犬は自宅で、施設スタッフや飼い主は立ち会わないでトレーニングセッションを行いました。毎回同じトレーナーが訪れて5分間のトレーニングセッションを4か月の間に最高8回行ない、トレーニング中のトレーナーと犬の行動が録画分析されました。また犬は、保護犬家庭犬ともに、それまでに「おすわり」と「お手」を教えられたことがなく、普段トレーニングを行っておらず、その施設または家庭で6ヶ月以上生活している犬が選ばれました。また施設のスタッフや飼い主は、セッション時間以外の「おすわり」と「お手」のトレーニングはしないように指示されました。
研究者たちは、保護犬たちは家庭犬よりも、コマンドを覚えるにはより多くのセッションやコマンドを言う回数が必要で、コマンドを出してから従うまでの時間も長いだろう、そして保護犬も家庭犬もトレーナーがフレンドリーに接した方がトレーニングがうまくいくだろうという仮説をたてて実験を始めたそうです。
しかし、結果は仮説とは異なりました。トレーナーが穏やかな態度で接した方がトレーニングがうまくいったのは仮説通りだったのですが、トレーニングの成果を保護犬と家庭犬で比較すると仮説とは異なる違いがありました。家庭犬と比較して、保護犬たちは1回のセッション中にトレーナーが出すコマンドにより多く反応し、コマンドを出してから反応までの時間が短く、コマンドに従えるようになるまでにトレーナーがコマンドを繰り返す回数が少なかったのです。
またトレーニングへの反応や成果とは別に、保護犬たちは家庭犬よりセッション中に尻尾をブンブン振る行動が数多く見られました。
これらの結果について研究者らは、保護施設で暮らす犬は、人間との関わりの少ない毎日を送っているために、トレーニングという新しい経験への関心が高まり、優れたパフォーマンスと興奮した様子につながったと考えられます。
また家庭犬については、セッション中は普段一緒にいる飼い主がいなかったことが犬の行動に影響した可能性も研究者は指摘しています。
犬のトレーニングで大切なこと
この研究では、犬の福祉の改善に役立つと思われる要素も見つかりました。
2人のトレーナーともに、穏やかな言い方をしたり楽しく笑ったりする時と厳しい口調で話したりコマンドを出したりする時がありました。
厳しい口調でコマンドを出した場合、犬がコマンドに従う回数が多かったりコマンドに従うまでの時間が短かったりと、トレーニングの成果として良い点もあったのですが、犬が床面の匂いを嗅いだり、部屋の探索を始めるなど、ストレスを表すと考えらえるトレーニングとは関係のない行動が多く観察され、トレーナーの側1m以内に近寄ったり尻尾を振る行動が少なかったことも観察されました。
トレーナーが穏やかな声や笑い声で接したセッションでは、犬がコマンドに従うまでの時間は少し長かったものの、コマンドを繰り返す回数は少なく、また犬が尻尾を振っている時間は長くなっていて、犬がリラックスした状態でトレーニングを受けていたと考えられました。
これらの結果から研究者らは、犬の保護施設でもトレーニングを行うこと、友好的な態度でトレーニングを行うことを推奨しています。それはトレーニングを有効なものにするだけではなく、新しい飼い主が見つかる確率を高めることにもつながり、犬の福祉を向上させます。
まとめ
動物保護施設にいる保護犬と家庭犬に同じトレーニングを実施したところ、保護犬の方が優れたパフォーマンスを示し、尻尾をより多く振って喜ぶ様子が観察されたこと、トレーナーの態度が友好的だった場合にはそうではない場合に比べ、犬がリラックスした状態にあったという報告をご紹介しました。
この研究の目的は犬の出自と生活環境(主に人との関わりの度合い)がどのようにトレーニングに影響するかを知るということでしたが、友好的なトレーニング方法が犬の福祉を向上させることが再確認された、保護犬においてもその点が認められたことも重要なポイントです。
また「保護犬に関心があるけれど訓練などが難しいのではないか?」と考える人にとっても参考になる研究結果だと思います。
《紹介した論文》
Fonseca, M., & Vasconcellos, A. S. (2021). Can Dogs' Origins and Interactions with Humans Affect Their Accomplishments? A Study on the Responses of Shelter and Companion Dogs during Vocal Cue Training. Animals : an open access journal from MDPI, 11(5), 1360.
https://doi.org/10.3390/ani11051360
本研究は、「人との密接な関わり合いを持って生活していくように進化した犬が、人との関わりが少ない環境で生活している場合、トレーニングへの反応は人と密接な関係を持って生活している家庭犬に比べてどのように変わるのだろうか?」という疑問のもとに行われました。その結果、本記事で説明されたような結果を得たのですが、「保護犬は、人との関わりが少ないがゆえに人と関わることができるトレーニングに対して意欲的になりやすいようだ」との結論の他に、「人との関わり合いが少ない生活を送っている犬でも、人の声による指示に従うという能力は衰えていない」ということをも示しています。これについて研究者らは、「劣悪な環境で育ったり何かが欠損するような遺伝子を持っていても、その個体はその動物種として何とか正常に発達しようとする」という説によって説明できる可能性があると言っています。ハリー・ハーロウの有名なアカゲザルの赤ちゃんを母親から離して育てた実験においても、子ザルは精神的に正常ではなくなり異常な社会行動や性的行動をとるようになったけれども肉体的には正常な発達を示したり、第二次世界大戦中に栄養失調であった母親から生まれた子供において、十分な栄養が摂れていた母親から生まれた子供と比べて19歳の時点であっても精神的な発達に何も違いはなかったことがその例であるとされています。
今回の研究は「保護犬は家庭犬よりもトレーニング能力が高い」ことを示すものではありません。今回の研究には、実験対象の犬の数が少ないこと、あらゆる犬種が含まれているわけではないこと、保護犬は最低6ヶ月間は保護施設で生活していることは分かっているがそれ以前の生活については何も情報がないことなど、今後更なる検証が必要な点が複数ありますが、人間との関わり合いが少ない保護犬においても、適切な方法での人間との関わり合いは有益であり保護犬の生活の質をあげること、そしてそれはあまりお金をかけずに保護犬に新しい飼い主が見つかる確率をも高めると研究者らは言っています。