他者の感情を理解するという教育
子どもの頃、親や先生から「相手の身になって考えてみなさい」とか「もし自分だったらどう思うか考えてみて」と言われたことはないでしょうか。
自分以外の他者の感情を理解する(または理解しようとする)ことは、子どもにとって友だちや周囲の人との関係の質を左右する重要な能力です。子どもだけでなく成長してからも感情理解は社会生活を送る上で不可欠なので、効果的な感情理解の教育はさまざまな方面で研究されています。
この度、イタリアのナポリ大学の神経科学および獣医学の研究者チームが、小学生の感情教育に犬を介在させることでどのような効果があるかというリサーチを実施し、その結果が発表されました。
このリサーチは1年近くの時間をかけてじっくりと行われました。研究に参加したのは2つの小学校の2年生の生徒たちでした。1つの学校の生徒たちは犬が参加する感情教育の特別授業を受け、もう1つの学校の生徒たちは教師から感情教育に関連する授業を受けました。
犬が参加する特別授業で感情を理解するレッスン
犬が参加するセッションは2ヶ月に1回で計6回、犬なしの学校でも同じ頻度で教師が特別授業を実施しました。
犬が参加する学校には、レオという名のオスのキャバリアキングチャールズスパニエル(16ヶ月齢)が動物療法士のハンドラーと共に出向きました。レオもハンドラーも子どものための教育プログラムに特化したトレーニングを受けています。
1回目のセッション
いろいろな犬の画像やビデオを見せて人間と他の動物の違いが説明されました。子ども達は「どの犬になってみたい?」という質問を通して「自分が犬だったら」というイメージを具体的に考えることを求められました。セッション中には犬の耳と尻尾を工作しました。
2回目のセッション
伝言ゲームをしながらボールリレーをするというもので、ゲームには犬のレオも参加しました。これは「楽しい、嬉しい」という感情を犬と共有するという目的です。
3回目のセッション
教室を暗くして子ども達は目を閉じたまま療法士が語るおとぎ話を聞きました。おとぎ話の主人公は犬です。子ども達が目を閉じている間、ハンドラーはレオを連れて子ども達の間を歩き回りました。これは「怖い」という感情のシミュレーションです。
4回目のセッション
サイコロを使ったゲームでした。サイコロの3つの面には子ども、他の3つの面にはレオの絵が描かれており、どれも異なるニュアンスの悲しい表情になっています。サイコロを投げた子どもは1回目のセッションで作った耳と尻尾を使ってレオの絵の真似をする、または描かれた子どもの真似をすることが求められました。これは悲しみへの共感のレッスンです。
5回目のセッション
レオが子犬の頃、母犬と一緒にいる時の画像やビデオを観ました。画像やビデオの中にレオがトレーニングを受ける過程で、怒った顔でカーミングシグナルを出しているシーンが含まれており、子ども達は適切な怒りの表現について学びました。
6回目のセッション
レオ以外の犬4頭と動物療法士のハンドラーも参加して、教室ではない広い場所でのセッションで子ども達は自由に犬と交流しました。
全てのセッションを終えた後の成果は?
キャバリアのレオが参加したセッションは上記の通りですが、もう1つの学校の生徒たちは教師主導で、ほぼ同じような内容の授業を受けました。
どちらの学校の生徒たちも、特別授業の前、全ての特別授業を終えた直後、3ヶ月後に感情理解のテストを受けました。テストは主人公の顔部分が白紙になっている画像を子どもに見せて、その画像に関連するストーリーを語ります。その後4つのことなる感情の表情が示され、ストーリーに最もふさわしい表情を選ぶというものです。
結果は予想の通り、レオが参加した学校の生徒たちは特別授業を受ける前に比べて、授業の後は感情理解の度合いが大幅に伸びていました。犬なしの学校の生徒たちも、より良く理解できるようになっていたのですが、レオが参加した学校の伸びは明らかにより大きいものでした。
研究チームはこの結果を受けて、サンプル数の少なさなど考慮しなくてはいけない点はあるが、動物が介在する感情教育がより効果的である証拠であると述べています。犬が介在することがなぜ良い結果につながるのかというメカニズムはまだわかっていませんが、今後さらに研究を進めていくとのことです。
まとめ
小学2年生の子どもを対象にした感情教育に犬が参加するセッションを実施したところ、犬なしの場合に比べて、子ども達の感情理解がより深まったという研究の結果をご紹介しました。
自分以外の他者の感情を理解するという非常に重要な社会的スキルを犬が助けてくれるというのは、たとえ正確なメカニズムは解っていなくても「それはそうだろうな」と納得する方が多いのではないでしょうか。
また感情教育に犬が介在することで、犬の感情表現に興味や理解が深まることは素晴らしい副作用だと言えます。
犬に負担がかからない範囲で、このような教育プログラムが普及していくと良いなと思います。
《参考URL》
https://www.mdpi.com/2076-2615/11/6/1504/htm