犬の老化の研究が広く行われている理由
近年、世界各地の大学や研究所で犬の老化についての研究が広く行われています。もちろん犬の病気の予防や治療のためという理由もあるのですが、犬は認知症など人間と同様の加齢性の疾患を発症する傾向があることが最も大きな理由です。
犬の寿命は人間よりもずっと短いですが、老化の過程にはよく似たところや共通点がたくさんあります。犬の老化を決定する要因や、どのような介入をすることが有効であるかをリサーチして明らかにすることは、人間の老化性疾患の予防や治療のモデルになります。
ハンガリーのエトヴェシュ・ロラーンド大学の動物行動学の研究チームはシニアファミリードッグプロジェクトに携わり、ハンガリー国内の数百匹の高齢の家庭犬を対象にして研究を続けています。
同研究チームは2017年に「犬の脳と組織のバイオバンク」を立ち上げて、この度このバイオバンクの存在無しでは不可能だった発見を発表しました。
犬の脳と組織のバイオバンク
シニアファミリードッグプロジェクトの進行中、参加している犬の多くが亡くなりました。高齢の犬を対象にした研究ですから、それは自然で仕方のないことです。ある時点で研究者は「可能であれば亡くなった犬の身体を献体してもらえないか」と飼い主に依頼しました。
飼い主の多くは研究に賛同して参加した人たちなので、亡くなった愛犬の身体を献体する人は少なくありませんでした。研究チームは獣医解剖学者の手を借りて、犬の脳と組織を保存するバイオバンクを設立しました。
これは既に多くの国で確立しているヒト組織バンクをモデルにしています。ヒト組織バンクとは、ヒトの身体の組織や細胞などを保管し、生命科学や医薬品開発などの研究のために分譲する機関です。
犬の医学の研究は実験用に飼育されている犬が使われることが多いのですが、老犬と言われる年齢まで実験施設で犬を飼育することは、コスト面でも倫理面でも良い選択とは言えません。
ペットの犬は人間と同じ環境で暮らしているため、老化と認知症に住環境やライフスタイルがどのように影響するのかを研究するにも理想的です。
バイオバンクがあったからこその研究と発見
エトヴェシュ・ロラーンド大学のバイオバンクには、現在130匹の犬の脳と他の部分の組織が保管されているそうです。
先ごろ研究チームは、バイオバンクに寄付された犬の脳、骨格筋、皮膚組織を調べた結果発見したことを発表しました。高齢の犬は若い犬よりも脳と筋肉にCDKN2AというRNA分子が多くなっていたというものです。
これはCDKN2Aの発現と年齢の間に正の相関関係があることを示していますが、皮膚組織ではこの相関関係は見られませんでした。この2つの点は人間の場合と一致しています。
この相関関係が血液中のCDKN2Aにも当てはまるかどうかを調べるため、15頭のボーダーコリーから血液を採取して検査した結果、脳や筋肉の場合と同じ相関関係が確認されました。
血液中のCDKN2Aが、脳の老化のバイオマーカーとして十分に機能するかどうかを検証するためには、さらに研究を進める必要があるとのことですが、このような発見は献体によるバイオバンク無しにはできないことでした。
まとめ
犬の老化研究の過程で設立された「犬の脳と組織のバイオバンク」と、そこから生まれた研究や発見についてご紹介しました。
現在、犬のバイオバンクは管理や運営に関するプロトコールについてヒト組織バンクをモデルにしています。さらに規模が大きくなっていくと財政や資金調達などの課題にも直面するだろうと考えられます。
しかし犬のバイオバンクが世界的に確立すれば、犬だけでなく人間の予防医学や治療にも貢献することが期待されます。折に触れて注目しておきたい分野です。
《参考URL》
https://link.springer.com/article/10.1007/s11357-021-00373-7
https://phys.org/news/2021-05-friend-life-death-pet-dog.html