犬が覚えられた言葉の数
1022個のおもちゃの名前を覚えることができた犬がいます。ボーダーコリーのチェイサー(Chaser)です。
チェイサーはアメリカのウォフォードカレッジの名誉教授であった心理学者、ジョン・ピリー(John Pilley)博士が退職後に飼っていた犬で、博士がチェイサーを生後8週で迎えてすぐから、遊びながら言葉を教えていきました。博士はボーダーコリーを牧羊犬として飼っている牧場主との会話などから、犬がどの程度言葉を理解して覚えることができるのかに非常に興味を持っていたそうです。チェイサーは非常にボーダーコリーらしい犬で、遊びへの意欲を強く持っていたため、言葉を教えるトレーニングは常に楽しみながら陽性強化法に基づいた方法で行われました。チェイサーは1000以上もの言葉を覚えたため、博士はチェイサーが達成したことを論文で発表しています。チェイサーより前には、リコ(Rico)という名前のボーダーコリーが200もの言葉を覚えたとして報告されています。
ピリー博士とチェイサーは遊びの中でのトレーニングを1日4~5時間行い、基本的な服従トレーニングやアジリティーのトレーニングなども行いつつ、生後5か月からは言葉を教えることを強化したそうです。
また、トレーニングのご褒美には、食べ物ではなくチェイサーが大好きな遊び(ひっぱりっこやボール遊び、フリスビー、散歩など)を用いました。その方がご褒美としてチェイサーには効果的であっただけではなく、飽きることがなく、またトレーニングにより集中できたということです。
チェイサーに行ったトレーニングやチェイサーが達成したことについては、飼い主であるピリー博士が書いた論文に詳しく紹介されていますが、その中にはチェイサーが既に名前を憶えているおもちゃの中に、新しくてチェイサーが名前も知らないおもちゃを紛れ込ませ、その新しいおもちゃの名前をチェイサーに初めて教えそのおもちゃを持ってこさせる実験も行われましたす。
その実験では、新しいおもちゃの名前を教えられ、そのおもちゃを持ってこれるようになった直後には、チェイサーは新しいおもちゃの名前を全て覚えていましたが、10分後には8個中5個だけ、24時間後には8個中1個だけしか持って来ることができませんでした。覚えた新しいおもちゃの名前を忘れないレベルまで強化するには、もっとトレーニングが必要だったと考えられます。
この実験からは、単に時間が経ったらチェイサーが新しいおもちゃの名前を忘れていたということが分かっただけではなく、チェイサーは知っているものと知らないものを区別することができた、知らないおもちゃの名前を聞いた時にそれは自分が知っているおもちゃを指しているのではないとチェイサーは考えることができた、ということも分かりました。
ちなみに、初めて知らないおもちゃの名前をチェイサーが聞いた時には、並んでいるおもちゃを前にしてただ立っていたそうです。
犬に言葉を教えるコツ
ここからは、犬に言葉を教える時のコツとして一般的に言われていることをご紹介します。
ゆっくりはっきり正しく発音する
最初に覚えてもらいたい言葉は「名前」です。
犬に名前を教えるコツは、正しく発音することです。『まるたろう』を「まる」や「まるちゃん」と呼んでばかりいると自分の名前が『まるたろう』だとは覚えてくれません。
聞き取りやすいようにゆっくりはっきり発音しましょう。
あだ名や呼び名で呼ばれることが多く、自分の正式な名前を分かっていない場合は多くあるようです。なんと呼んだ時にそれが自分の名前なのだと分かって欲しいのかを飼い主家族の中で確認し、最初は一つの呼び方にきちんと反応する、それが自分の名前なのだと認識できるようにしてあげてください。自分の名前だと分かっているものが一つ確立した後は、自分の名前のバリエーションを覚えていく場合もあります。
また、動物病院のカルテに記録しておいてもらう名前も、普段呼んでいる名前にしましょう。正式な名前と普段呼んでいる名前が違う時は、正式な名前を書いたとしても「普段はこの呼び方をしています。この名前が一番、自分の名前だと分かっています。」という呼び名も動物病院側に伝えましょう。病院スタッフが犬の緊張を和らげたいときや犬の注意を引きたい時、犬が自分の名前だと確実に分かっている呼び方で呼んだ方が効果的だからです。
言葉と動きを合わせる
『待て』と『お手』は似ていますが、犬には言葉の微妙な違いを聞き分けることができないことがあります。
「待て」と言いながら犬に手の平を向ける、「お手」と言いながら犬に手の平を差し出すなど、言葉と動きを合わせて教えることで違いを理解できます。
「待て」と「お手」を覚えた犬は、手の平を向けるだけでも待ちますし、手の平を差し出すだけでもお手をします。言葉がなくても動きを見るだけで理解できるということです。
犬は、人間のジェスチャー、手の動きをよく見て覚えることができることが分かっています。犬に新たなコマンド(命令)を教える時、ジェスチャー(視符、ハンドシグナル)を先にその行動と結び付け、コマンド(声符)はその後に付け加えるのが良いとされています。
言葉よりも動きの方が犬が覚えやすく、また動きと言葉を合わせて教えると色々や場面で役立ちます。
言葉を統一する
「お座り」「お座りして」「座ってごらん?」「お座りは?」は言っている人にとってはどれも同じ意味ですが、犬に聞こえる言葉としては全く違います。。言葉を覚えた後で、犬が色々な言い方でも分かってくれれば違う言い方をしても良いのでしょうが、犬に言葉を教える時、覚えてもらう時は言葉を統一しなければいけません。
昨日は「お座り」だったのに今日は「座ってごらん?」だった。ママは「お座り」って言うけれどパパは「座って」と言う。
犬は混乱して覚えることができません。
覚えてもらいたい行動はひとつの言葉で教え、家族間で統一しましょう。
覚えにくくするNG行為
言葉を覚えてほしい時、叱る・怒る・怒鳴る・叩くなどの行為をしてはいけません。「言葉」と「恐怖体験」が合わさってしまうと、その言葉と恐怖心が結びついてしまい、犬は言葉ととるべき行動を結び付けられなかったり、とるべき行動が分かっていてもそれをやりたがらなくなります。
恐怖と結びついた言葉は聞きたくもない言葉になってしまいます。犬が従ってもくれないばかりか別の行動をとったりして、腹立たしくなることがあるかもしれません。
賢い動物でも犬は犬です。人間とは違い、言葉や文章で説明して分かってもらうことはできません。犬の知能は人間の2歳~3歳程度とされています。
ママやパパが簡単な言葉を覚えたばかりの幼い子供に教えるような優しい気持ちで、根気強く教えてあげてください。
子供でも犬でも叱る・怒る・怒鳴る・叩くなどの恐怖や嫌悪感と結びついた行動はやりたがらないですし、恐怖体験は早く、そして深く長く記憶に残ります。ピリー博士がチェイサーに行ったように、犬が最も喜ぶご褒美はなんなのかを飼い主さんがきちんと把握し、楽しくトレーニングしていくと良いのではないでしょうか
まとめ
1022の言葉を覚えたチェイサーという犬がいました。
チェイサーのように、たくさんのおもちゃの名前やおもちゃを区別する言葉(「大きい」や「速い」など)を覚えなくても、自分の名前・待て・おいで・放せなどの基本的な言葉さえ覚えられれば犬の安全は守られます。
犬の安全と命と暮らしを守るために必要な言葉を優先して覚えてもらうと良いです。今回の教えるコツをぜひご活用ください。
《チェイサーについてピリー博士が書いた論文》
Pilley, J. W., & Reid, A. K. (2011). Border collie comprehends object names as verbal referents. Behavioural processes, 86(2), 184–195.
https://doi.org/10.1016/j.beproc.2010.11.007
John W. Pilley. Border collie comprehends sentences containing a prepositional object, verb, and direct object, Learning and Motivation. Volume 44. Issue 4. 2013. p 229-240.
https://doi.org/10.1016/j.lmot.2013.02.003
《リコ(Rico)についての論文》
Kaminski, J., Call, J., & Fischer, J. (2004). Word learning in a domestic dog: evidence for "fast mapping". Science (New York, N.Y.), 304(5677), 1682–1683.
ユーザーのコメント
20代 男性 匿名
俺も昔沢山の言葉を教えたくて沢山言葉を聞かせてました。けど頭に?が浮かんでました。今では必要外の技は教えてません。覚えた技を的確にどんな場所でも状況でも従えるように日々訓練をしてます。沢山言葉を覚えるよりこっちの方が重要です。
沢山の言葉を教えたいのは解りますが覚える犬なんて極僅か。愛犬にはなにが出来るか、なにが得意かを理解してその得意分野を伸ばして行きましょう