犬の骨肉腫に関する疫学と犬の福祉
骨肉腫は骨に発生する悪性腫瘍の一種です。骨の腫瘍の90%以上は骨肉腫が占めているそうです。以前の研究では大型〜超大型犬種に多く見られる病気であることが判っています。
先ごろイギリスのブリストル大学獣医学校がカーディフ大学、王立獣医科大学と共同で犬の骨肉腫について犬種ごとの発生状況などを分析し、その結果から犬種別のリスク、犬の福祉についての考察などを発表しました。
調査分析は、王立獣医科大学が運営する非営利研究プロジェクトが記録保管しているデータを使って行われました。これらは一般の動物病院で犬が診療を受けた際のデータを、研究のために匿名化したものです。
かつてない大きな規模のデータベースの調査分析からは、骨肉腫についての新しい発見があったのだそうです。
膨大なデータから骨肉腫に関連する犬種を割り出す
研究チームは、データベース内の骨肉腫の症例1,756頭と骨肉腫ではない90万頭以上の犬を比較分析しました。
調査の対象としたのは、犬種、年齢、性別、不妊化手術の有無、頭蓋骨の形状、体重、軟骨異栄養症の有無(骨の成長軟骨がうまく骨に成長することができない先天性疾患)で、これらは統計学的な危険因子として知られているものです。さらに全身の形状や構造など解剖学的な面からの関連も調査されました。
雑種犬における骨肉腫の発生率を基準として、発生率が基準値よりも高い高リスク犬種、基準値と同程度の中リスク犬種、基準値よりも低い低リスク犬種が明らかになったといいます。
最も骨肉腫の発生率が高かったのはロットワイラーとグレートデーン、ローデシアンリッジバックでした。
ロットワイラーとグレートデーンは以前の研究でも骨肉腫の高リスクグループに挙げられていたのですが、ローデシアンリッジバックは今回が初めてでした。
最もリスクが低いグループは小型犬がメインで、ビションフリーゼ、フレンチブルドッグ、キャバリアなどが含まれていました。骨肉腫の低リスクグループが発表されたのはこの研究が初めてだそうです。
他には「体重が重い」「脚が長い」「頭蓋骨が長い」犬はリスクが高いことも確認されました。
犬種や体型が関連していることから何が分かるのか
このようにリスク要因として犬種、体重、体型が関連しているという分析結果は、骨肉腫の原因には遺伝的要素があることを示しています。つまり高リスク犬種と低リスク犬種を比較して、骨肉腫の原因となる遺伝的差異を特定できる可能性があります。
骨肉腫を引き起こす遺伝子が特定できれば、遺伝子検査によって高リスクな個体を定期的にスクリーニングして腫瘍を早期発見できます。また遺伝学に基づいた新しい治療方法の開発にもつながります。
犬の骨肉腫の関連遺伝子や治療方法が発見できれば、人間の同じ病気の治療にも活かすことができます。
将来への期待の一方で、研究者はこの研究が浮き彫りにした超大型犬の健康リスクに懸念を示しています。人間の手による選択繁殖が行き過ぎた結果、頭蓋骨や体型が極端な形になり犬の健康上の問題を引き起こしていることは長年の課題となっています。
ダックスフンドやコーギーの背骨への負担、短頭種の犬の呼吸障害などはその一例ですが、大きさを追求して選択繁殖された超大型犬も同じように極端な体型のために健康リスクを負わされていると研究者は述べています。
人間が選択した結果の遺伝的要因が特定の病気のリスクを高くするというのは、犬の福祉を著しく害します。繁殖に携わる人だけでなく、犬と少しでも関わる人の全てが知っておきたいことです。
まとめ
イギリスの獣医療データベースを使って犬の骨肉腫を調査分析した結果、高リスクグループの超大型犬、低リスクグループの小型犬、体重や体型のリスク要因が明らかになったという研究結果をご紹介しました。
この結果を活かして、骨肉腫に関連する遺伝子の特定、治療方法の開発、人間の医療への応用なども期待されます。
遺伝的要因を持つ犬を繁殖に使わない、犬種スタンダードの変更なども行われて、骨肉腫という重篤な病気に苦しむ犬が減っていくことを心から願います。
《参考URL》
https://cgejournal.biomedcentral.com/articles/10.1186/s40575-021-00100-7
http://www.bristol.ac.uk/news/2021/march/osteosarcoma.html