小さな骨の欠片から犬と人間の歴史を読み解く
約20年前にアラスカ南東部で発掘された遺跡があります。そこからはヒト、哺乳類、鳥、魚の骨、黒曜石で作られた石器などが発見されました。
これら数百の骨の中に、当初はクマのものと思われていた大腿骨の断片がありました。しかしDNAの配列決定をしたところ、それは犬の骨であることが判りました。
アメリカのバッファロー大学の生物科学の研究チームはこの骨片の分析結果から犬と人間がどのようにしてアメリカ大陸にたどり着いたのかを考察し、その結果を発表しました。
この骨の主はどんな犬だったのか?
クマのものだと思われていた小さなコイン大の骨片の主が犬であると判明した後、研究者は骨のミトコンドリアゲノムを他の古代犬および現代の犬のものと比較しました。
その結果、この犬は約16,700年前のシベリアの犬とは違う進化の歴史を持つ系統に属していると結論付けられました。骨のDNAはまた、この犬がヨーロッパからの入植者が来る以前にアメリカにいた犬たちと共通の祖先を持っていたことも示していました。
つまり、この犬は人間がシベリアからアラスカを通ってアメリカ大陸に渡る移動中に飼いならされて人間に同行した犬の系統である可能性があります。
また骨から炭素同位体を分析した結果は、この古代アラスカ犬が魚、アザラシ、クジラなどの海洋動物の肉を食べていた可能性があることを示していました。
これらDNAが示す証拠は、シベリアからアメリカ大陸への人間の移動は大陸中央部の陸路ではなく太平洋沿岸ルートを介して始まったという仮説をサポートしていると研究者は述べています。
アメリカ大陸にいた初期の犬たち
アメリカ大陸への人間と犬の移動は一度に起こったのではなく、長い年月をかけていくつかの段階に分かれています。この研究での発見はアメリカ大陸の犬の歴史の最も古い段階に加えられました。
このアラスカ南東部の犬は、シベリア発祥の犬とは違う系統の、アメリカ大陸の初期の犬たちと同じ祖先を持っていました。アメリカ大陸の先住民たちと暮らしていた犬たちはこのアラスカ南東部の犬と同じ系統だと思われます。
しかしこのアメリカの先住犬たちは、ヨーロッパからの入植者が連れて来たイヌイットのそり犬とヨーロッパ原産の犬種にほぼ完全に置き換えられました。現代の犬には初期のアメリカ大陸の犬の遺伝子はわずかしか残っていないのだそうです。
その意味でも、この骨片が持っているアメリカ先住犬の遺伝子情報は貴重なものです。さらに詳細な核ゲノム分析によって、アメリカ先住犬の運命についてのより完全な洞察が期待されるとのことです。
まとめ
遺跡から発見された小さな骨の欠片から、食べていたものや犬の進化系統などが判明し、そこから犬が飼いならされた経緯や飼い主である人間たちの移動ルートが推測されたという研究結果をご紹介しました。
緻密な作業と研究の積み重ねによって、古代の人々の歩いた軌跡や犬の進化と衰退の歴史が示されていく様子に感嘆を覚える方も多いのではないでしょうか。
壮大なドキュメンタリーを観ているような研究の今後に、さらに期待が膨らみます。
《参考URL》
https://royalsocietypublishing.org/doi/10.1098/rspb.2020.3103
http://www.buffalo.edu/news/releases/2021/02/027.html