犬のコミュニケーションは人間と共通点があるだろうか?
人間は誰かとコミュニケーションを取る時「以前にはこんな風に接して上手くいったから今回も同じようにしよう」という、コミュニケーションの履歴の利用を無意識に行っています。
またコミュニケーションにおける労力や努力もその時その時で最小限で効率良く進行する方法を選んでいます。これは人類が進化する過程で培ってきたコミュニケーション方法です。
犬は人類に飼い馴らされることで、人間と共に進化してきました。そのため人間の声、ジェスチャー、視線を読み取る能力が優れています。
では犬は人間と同様にコミュニケーションの履歴を利用したり、コミュニケーションにかかる労力や努力を最小限に抑えようという行動原理を発達させてきたのではないか?という仮説が立てられ、研究者はそれを検証するための実験を行い、結果を発表しました。
犬の「表示行動」に注目
この研究を行ったのはドイツのマックスプランク人文科学研究所の研究者チームです。実験に参加したのは30匹の犬とその飼い主のペアです。
それぞれのペアに与えられたタスクは、箱の中に隠した犬のおもちゃを見つけるというものです。この実験ではおもちゃを見つける役は犬ではなく人間の方です。犬が人間を正解に導くために注意を引きつけて「ここだよ」と示す『表示行動』がこの実験のポイントとなります。
実験は次のような手順で行われます。
- 実験のための部屋に犬と実験者だけが入ってくる。飼い主は別の部屋で待機
- 部屋には箱が4つ置いてあり、実験者は犬の目の前でお気に入りのおもちゃを4つの箱のどれかに隠す
- 飼い主が部屋に戻り、犬はどの箱におもちゃが入っているか飼い主に表示する
- 飼い主がおもちゃを見つけると、報酬としてペアはおもちゃで遊ぶことができる
実験は難易度の低いものと高いもの2つのバージョンで行われます。難易度の低いバージョンは箱と箱の間隔が90センチずつ離れています。もう1つは箱と箱の間隔が17センチずつしかありません。
箱同士が離れていると犬がそちらに目線を動かしただけでも「この箱だ」ということが分かりますが、箱同士の距離が近いと犬がもっと細かい表示行動をしなくてはいけないため難易度が高くなります。
犬の行動に影響を及ぼしたのは飼い主の意外な行動
実験の中で犬はどのような表示行動を示したでしょうか。犬は難易度の高い低いに関わらず、どちらの場合も同じ程度の労力や努力を示しました。
1回目2回目の条件の違いに関係なく、箱の間で同じように行動していたので、前回のコミュニケーションの履歴を利用したようにも見えませんでした。どうやら犬には人間のコミュニケーション原理のようなものは無いようです。
それとは別に研究者は興味深い点に気がつきました。飼い主が犬に声をかけて「おもちゃはどこに入ってるの?これかな?これかな?」と箱を指さしたりすることで、犬が正しい箱を表示する精度が落ちたのだそうです。
これは犬の作業能力が飼い主の行動にはっきりと影響されていることが分かります。作業中の犬に対して、飼い主がアイコンタクトを取り続けたり、高い声で話しかけることで、犬は飼い主からの指示に従うことに興奮し始めるため、飼い主の指さし行動を「指示を受けた」と解釈してしまうのかもしれません。
このことは何らかの分野で仕事をしている犬とハンドラーの訓練の参考になる可能性があります。
まとめ
犬が飼い主に対して表示行動をする時、飼い主が犬に声をかけたり飼い主自身が表示行動をしてしまうと、犬の表示行動の精度に影響を与える可能性があるという研究結果をご紹介しました。
私たちはついつい良かれと思って、犬を励ましたり話しかけたりしがちですが、時と場合によっては犬に余計な労力を使わせたり作業能力を低下させることにもなるということです。
長い年月を共に進化して来たとはいっても、やはり犬と人間のコミュニケーションの方法にはかなりの違いがあるということを認識しておかなくてはいけないなと考えさせられる実験結果でした。
《参考URL》
https://link.springer.com/article/10.1007/s10071-020-01409-9