犬と人間の脳は似ている
人間は高度な脳を持っていますが、犬と人間の脳の構造はよく似ています。記憶をつかさどるのは脳の中の「大脳」という部分なのですが、犬も人間も出来事が情報として脳に記憶される仕組みはほぼ同じであると考えられています。
犬の記憶は「匂い」と「音」
匂いの記憶
犬と人間の記憶の仕組みはほぼ同じと考えられていますが、少し違いもあります。人間の場合は理性をつかさどる「前頭葉」という部分が発達しているのに対し、犬の場合は嗅覚をつかさどる「嗅脳」が発達しています。
人間の場合も、ある匂いを嗅ぐとそれに関連付いた過去のことが思い出されることがありますが、犬の場合は私たちよりも強く「匂い」と「経験や感情」が結びつきます。
そのため、ある人の匂いを嗅いだ時、その人との経験やその時の感情を思い出すことができると考えられています。久しぶりに会った人の姿を見た時よりも、匂いを嗅いだ後の方が嬉しそうに興奮するということもあります。
音の記憶
犬は嗅覚だけでなく聴覚からの情報も大切にしていますので、「声や音」と「経験や感情」の結びつきも強いと考えられています。
鍵のチャリンという音や服のジッパーを開閉する音、リードを取り出した時の音などに敏感に反応することが多くありますが、これはその音によって「お散歩=楽しい」という経験と感情を思い出すためと考えられます。
犬は「思い出せる」
記憶に関連付く要因に少し違いはありますが、人間と犬の記憶の仕組みはほぼ同じであると考えられています。そのため、犬も過去のことを思い出すことができると考えられます。
しかし、人間のように「あの人、今頃どうしているだろうか」というように、何でもない時にふと思うことはほぼないでしょう。犬は人間よりも野生を強く残している動物ですので、通常は「今」を生きているためです。
しかしながら、ある特定の匂いや音によって過去の経験や出会った人との出来事、それに付随する感情を「思い出すことができる」と考えられます。
「繰り返しの経験」と「強い感情」
すべての出来事を記憶し続けるのは脳や心にとって負担となります。そのため、私たち人間も犬も「忘れる」ことがあります。では、忘れてしまう記憶と覚えている記憶の違いは何なのでしょうか?
「短期記憶」と「長期記憶」
犬にも人間にも、記憶には「短期記憶」と「長期記憶」があります。短期記憶とは「電話番号を書き写すために一瞬覚えておく」というような、短期間保有していられる記憶のことです。
一方、「長期記憶」は昔のことを思い出すという長期に渡って保有できる記憶です。何回も繰り返して覚えたり経験すると、その出来事は「短期記憶」から「長期記憶」へと変わります。
強い感情と紐づくと忘れにくい
ここで重要なのが、その出来事に付随する「感情」です。犬が鍵やリードの音に反応して興奮し始めるのは「その音=お散歩=楽しい」という感情にまで結び付いているためです。
これは「嬉しい」「楽しい」というポジティブな感情だけでなく、ネガティブな感情の場合もあります。爪切りを引き出しから取り出す時の音を聞いた途端に隠れてしまう、というような状態も「引き出しの音=爪切り=嫌だった」という感情に紐づいて思い出しているためです。
強い感情を抱いた人との経験は忘れにくい
犬も今まで出会ってきたすべての人間を覚えているわけではないでしょう。しかし、その人に対して強い感情が動いた経験がある場合、犬の長期記憶に残りやすいと考えられます。
子犬の期間だけ接した人であっても、その人に対して「嬉しい」「楽しい」といった感情を抱いた経験があれば、犬はその人と久しぶりに会っても思い出すことができると考えられます。
その子犬の頃に「怖い」「イヤだ」という感情を持たれていた場合でも、その人のことをネガティブな相手として思い出すでしょう。
パピーウォーカーさんのエピソード
盲導犬候補生の子犬たちを生後10ヶ月までお世話する「パピーウォーカー」さんのエピソードにも、犬が長期記憶を持っていると考えられるエピソードがあります。
パピーウォーカーさんの元を卒業し、立派に盲導犬として数年間勤め上げた後引退した子がパピーウォーカーさんと再会した時、その子はとてもはしゃいで喜んでいました。
盲導犬としてお勤めをしていた間には冷静さを必要とされていたため、とても理性的に行動していましたが、パピーウォーカーさんの前では感情をあらわにしてはしゃいでいたのです。
そして、お自宅に上がると子犬の頃に遊んでいたおもちゃをくわえ、当時と同じようにパピーウォーカーさんを遊びに誘ったのです。これらの行動はまさに、犬は昔のことを思い出すことができると考えられる証拠です。
これはパピーウォーカーさんがたくさんの愛情を持ってその子に接していたからこそ、その子は「嬉しい」「楽しい」という感情と共に思い出したのだと考えられます。
まとめ
子犬の頃にだけお世話をした犬が、はたして自分のことを覚えていてくれるのだろうか?と寂しくなってしまうことがあるかもしれません。もしもその子とたくさん楽しい経験や嬉しい経験をしてきたのなら、その子は再会して匂いを嗅いだり声を聞いた時にきっと思い出すことができるでしょう。
たしかに、一緒にいた期間が短いことは忘れやすい要因となりますが、その期間内にわんちゃんが「嬉しい」「楽しい」という感情を強く抱いた場合は長期記憶として残っているでしょう。
犬は今を生きていますので、飼い主さんが変わった場合は経験を上書きしていくことで前の飼い主さんとの記憶は少しずつ薄れていきます。しかし、愛を持って過ごしてきた時間は、たとえ短期間だったとしてもきっとわんちゃんの記憶に留まっていることでしょう。