大型犬に多い股関節形成不全と肘関節形成不全
犬の股関節形成不全と肘関節形成不全は、特に大型犬や超大型犬に多く見られる病気です。発育の過程で股関節や肘関節の形成に異常が起こり、炎症や脱臼や亜脱臼、関節の変形を起こし、痛みや歩き方や座り方がおかしい、動きたがらないといった症状が出てきます。
いずれも変形性関節炎や跛行(歩行困難)運動障害につながり、犬のQOLを大きく低下させてしまいます。遺伝的要因が大きく関与していると考えられ、関連のある遺伝子についても研究が進んでいますが、「この遺伝子変異を持っていると発症する」などという単純な話ではなく、また、肥満や成長期の過剰な運動などの環境要因も関係していると考えられています。
先ごろイギリスで発表されたリサーチ結果によると、この病気が多く見られる6つの犬種(ラブラドールレトリーバー、ゴールデンレトリーバー、ジャーマンシェパード、ロットワイラー、バーニーズマウンテン、ニューファンドランド)において、股関節および肘関節形成不全のグレードまたはスコアが、約30年前に比べ改善されていることが明らかになりました。
犬の股関節と肘関節の健康状態を評価するスクリーニングプログラム
ご紹介するリサーチは、英国獣医師会(BVA)と英国ケネルクラブ(KC)が協力して行っている犬の健康に関する様々な取り組みの中から股関節形成不全と肘関節形成不全についての結果をまとめ、検証したものです。このリサーチに使われているのデータは、BVAとKCによる犬の股関節および肘関節を評価するスクリーニングプログラムに基づいたもので、1990年から2018年に生まれた犬について調べられています。肘関節のグレード評価は、犬の肘関節形成不全についての国際的な組織であるInternational Elbow Working Groupの方法に沿っているそうです。
BVAとKCによる股関節形成不全についての評価プログラムは1965年に始まり、現在の評価法は1983年から行われているとのことです。肘関節形成不全の評価プログラムは1998年に始まっています。
これらの評価プログラムでは、規定に沿って撮影された犬のレントゲン写真が英国獣医師会に送られ、認定された専門家によってそのレントゲン写真が評価され、グレードまたはスコアが判定されます。ケネルクラブに登録されている犬の場合、これらの結果はケネルクラブに送られます。ブリーダーはその結果を利用して繁殖に最適な犬を選ぶことができ、形成不全の素質のある犬が生まれてくるリスクを低下させることができます。
研究者は、このスクリーニングプログラムからのデータを分析しました。
健康な犬を繁殖に使うことの大切さ
分析結果が示していたのは、股関節および肘関節形成不全の状況が6つの全ての犬種において改善していたということです。評価項目と犬種による違いはあるものの股関節形成不全を持つ犬の割合と重症度は全体として減少していました。肘関節形成不全は股関節ほどではないものの、多くの側面でやはり減少傾向が見られました。肘関節形成不全の割合と重症度の減少傾向が股関節形成不全より弱いのは、股関節形成不全の方が古くから広く認知されていたので、その評価方法が早くから確立され、状況を改善しようとする意識が高まっていたからだと考えられています。
調査した6犬種の犬について生まれた年ごとに調べた結果、2018年生まれまでの約30年間で、形成不全の犬が生まれるリスクが低下していることも分かりました(ニューファンドランドの肘関節形成不全以外で)。
繁殖に使われた犬を調べた結果からも、股関節または肘関節形成不全の評価を受けることなく繁殖に使われた犬は少なくなり、股関節または肘関節形成不全の評価を受けるための検査が広く普及していることが示されました。
遺伝的な原因があると考えられる病気についてしっかりとスクリーニング(ふるい分け)を行い、病気の素質が少ないと考えられる犬だけを繁殖に使うことで、病気に苦しむ犬を減らし健康な世代を作り上げていくことができるとリサーチ結果は示しています。
まとめ
イギリスにおいて、股関節および肘関節形成不全が多く見られる6犬種の状況が改善しているというリサーチ結果が発表されたことをご紹介しました。
獣医師協会とケネルクラブが協力しあって、病気のスクリーニングを実施し、繁殖の管理につなげることで遺伝疾患は減らしていけると証明された結果となりました。
残念ながら、日本ではこのような遺伝疾患の管理はイギリスほど盛んには行われていないようです。このようなリサーチが発表されることで、日本により良い影響が出てほしいと強く思います。ブリーダーやケネルクラブだけでなく、一般の飼い主さんもぜひ知っておいていただきたい課題です。
《参考文献》
James HK, McDonnell F, Lewis TW. Effectiveness of Canine Hip Dysplasia and Elbow Dysplasia Improvement Programs in Six UK Pedigree Breeds. Front Vet Sci. 2020 Jan 15;6:490.
https://doi.org/10.3389/fvets.2019.00490
遺伝性疾患を持つ動物が生まれる割合を減らしていくには、その遺伝性疾患についての検査を受ける動物の割合(特に繁殖に使う個体について)を増やすことと、検査結果が繁殖に使う動物を選ぶ際に利用されることが重要だとこの論文の研究者らは述べています。
日本には、日本動物遺伝病ネットワーク(JAHD)という団体があり、股関節と肘関節の評価と診断結果の登録を行っています。ジャパンケンネルクラブ(JKC)もJAHDと協力し、JAHDによる評価結果を血統書に記載しています。しかし検査を受けるかどうかは各々のブリーダーや飼い主の判断となっています。JAHDのホームページでは、股関節または肘関節の評価を受けさらに犬のオーナーが公開を承諾した犬について、血統書名とともにその結果を公開しています。股関節と肘関節の評価法とその評価と登録を行っている団体は世界に複数あり、JAHDのホームページで公開されている結果には、JAHDによる評価、OFAによる評価、BVA/KCによる評価、PennHIPによる評価のうち、その犬が評価を受けたものが記載されています(PennHIPは股関節のみ)。
日本動物遺伝病ネットワーク
JKC 股関節形成不全と肘関節異形成症について