ヨーロッパにおける青銅器時代の犬
2019年、スペインのア・コルーニャ大学の考古学および人類科学の研究者らが、前期から中期青銅器時代の人間および犬を含む家畜の食事についての研究を行いました。
スペイン北東部の2か所の墓地の遺跡から発掘された人間や動物の骨に含まれる炭素同位体と窒素同位体の値を測定し、彼らがどんなものを食べていたのかを調査しました。
青銅器時代というのはヨーロッパ地方において、石器時代〜青銅器時代〜鉄器時代と続く、主に使われていた道具の素材による歴史区分の中間期に当たります。
日本では石器時代が長く続き、弥生時代の終わり頃に青銅器と鉄器がほぼ同時に伝えられたので青銅器時代が存在せず、私たちには馴染みのない言葉ですね。
ヨーロッパにおける青銅器時代は地域によっても少し異なりますが、この研究ではイベリア半島北東部における前期~中期の青銅器時代、紀元前2000~3000年頃(約4000〜5000年前)の遺跡を調査しています。
この時代は人間が農耕を開始し、決まった土地に定住を始めた時期でもあるそうです。犬たちは人間とともに暮らし、家畜のハーディングや保護、運搬の仕事などを手伝っていたと考えられています。
4000〜5000年前の犬たちの食事の内容は?
遺跡から発掘された犬たちの多くは人間と一緒に埋葬されており、大切に扱われていたことの表れかもしれません。
研究者たちは発掘された人間と犬ときつね、家畜と考えられる草食動物の骨を分析した結果、犬が食べていたものは割合こそ人間とは違っていたものの内容は人間が食べていたものと似ていて、さらに一緒に暮らしていた女性や子供とよく似た成分割合の食事を食べていたことが分かったそうです。
この時代、この地域の主な作物は大麦、小麦、豆類で、乳製品も食べられていたと考えられています。
女性や子供は同じ集落の男性よりも動物性タンパク質の摂取量が少なく、穀類を粥状にしたもの、ある程度の量の肉、また家畜のミルクから作られたヨーグルトやホエイからのタンパク質などを摂取していたと考えられています。犬の骨の分析結果から、犬の食事内容はこのような女性や子供の食事内容に似ていることが分かったのです。また、多くの場合女性や子供と一緒に犬が埋葬されていたことから、犬の世話をしていたのが主に女性や子供であったとも推測されます。
研究者は、この遺跡で発掘された犬は穀類植物成分の多いを、そしてある程度のタンパク質を含む食事が与えられていたと結論づけています。タンパク質源は骨や人間の食べ残しの肉類、腱の部分、乳製品であったと考えているそうです。研究者はまた、犬はもともと何でも食べる食性を持っていると言っています。
犬は穀類を消化できるよう進化してきたという研究結果
このスペインの研究者による研究結果は、2016年にフランスの研究者によって発表された古代ヨーロッパの犬は、炭水化物を消化するための酵素の遺伝子コピー数がオオカミよりも増加していたという研究結果を納得させるものでもあります。
その研究では、炭水化物を消化する酵素の遺伝子の犬での増加は約7000年前から始まっていたことが示されており、今回のスペインの研究対象となった犬たちにおいても、穀類を食べる人間との共同生活に合わせて適応していた可能性が考えられます。
近年、犬に与える食事について「オオカミに近い食事が犬にとって理想的」「穀類は犬にとって不自然な食事で必要のないもの」という説が多く目に付きます。
しかし、約5万年前からオオカミとは違う進化をとげてきた犬では、こうして何千年にもわたる人間との共同生活の結果、歴史的にも穀類をそれなりの量食べてきた動物であると考えられ、穀類が必ずしも犬にとって悪いものではないということが言えるのではないでしょうか。
一方で現代の穀類は、遺伝子組み換えなどによって犬にとって健康的ではない食べ物に変化している可能性も考えられると思います。
人間で穀物由来成分による消化器疾患があったり特定の穀物に対するアレルギーを持つ人がいたりするように、犬でも穀物によって体に何かしらの悪影響が起こる犬もいます。つまり、一概に「犬は穀類を食べるべき」とか「穀類は犬にとって有害」などという極端な説に走ることなく、それぞれの犬と向き合って食事の内容を決めることが大切だということです。
まとめ
考古学および人類科学の観点から、今から4000〜5000年前の犬たちが当時の人間と同じように穀類を多く含む食事を摂っていたことが分かったという研究結果をご紹介しました。
古代の犬たちの食事内容というのも興味深いことですが、何千年も昔にも同じものを食べて同じ場所に埋葬されていたという犬と人間のつながりの深さにも、胸が熱くなる思いがします。
《参考記事》https://thebark.com/content/bronze-age-dogs-and-humans-both-ate-high-carb-diets
《2019年のスペインでの研究の論文》Grandal-d’Anglade, A., Albizuri, S., Nieto, A. et al. Dogs and foxes in Early-Middle Bronze Age funerary structures in the northeast of the Iberian Peninsula: human control of canid diet at the sites of Can Roqueta (Barcelona) and Minferri (Lleida). Archaeol Anthropol Sci 11, 3949–3978 (2019).
https://doi.org/10.1007/s12520-019-00781-z
《2016年のフランスでの研究の論文》Ollivier M, Tresset A, Bastian F, Lagoutte L, Axelsson E, Arendt ML, Bălăşescu A, Marshour M, Sablin MV, Salanova L, Vigne JD, Hitte C, Hänni C. Amy2B copy number variation reveals starch diet adaptations in ancient European dogs. R Soc Open Sci. 2016 Nov 9;3(11):160449.
https://doi.org/10.1098/rsos.160449