愛犬、愛猫はペットホテルでどんなふうに過ごしているの?
慣れない環境で、家族の姿もなく、行動が制限されるホテル宿泊は、犬猫にとって精神的なストレスがあります。初めてのお泊まりならなおさらです。
〝ケージフリー″や〝遊びの時間″などがあるペットホテルが人気を集めているのは、できる限りストレスをかけずにお泊まりをさせたい、という飼い主さんのニーズが高まっているからです。
今回は、私が勤める動物病院内のペットホテルに、8月の繁忙期に宿泊したワンちゃんたちの様子をご紹介したいと思います。
私が勤める動物病院のペットホテルのスケジュール
am7:00~
- 1頭ずつのお散歩開始
- 検温
- 排泄チェック
am8:00~
- お散歩が終わり落ち着いた子から朝ごはん
am9:00~am12:00 (午前診療時間)
- 診療状況によって空き時間に1頭ずつおうちでしている好きな遊び
- オヤツ
pm12:30~pm16:00(休診時間、オペ)
- お昼寝
pm17:00~(診療時間)
- 診療状況によって空き時間に1頭ずつおうちでしている好きな遊び
- 抱っこが好きな子は抱っこ
- ブラッシングや体のふき取りなどボディケア
- オヤツ
- 一頭ずつのお散歩(排泄チェック)
pm19:00
- 夜ご飯
pm20:00~
- 自由に就寝
pm22:00までには消灯
- 消灯後は翌朝まで無人
緊急手術などがなければ、毎日このようなスケジュールで、預かり動物のお世話をしています。
お散歩や遊びは最低限の時間で安全第一
基本的に、安全確保が第一となる動物病院のホテルでは、他犬と自由に遊ばせることはしません。お散歩も、引きが強い子、興奮が強い子などは、いつも通りのお散歩時間よりは短く切り上げます。病院と自宅が近く、お散歩コースに病院がある子は、お散歩に出ると家に帰ろうとします。興奮して走りだしたり、立ち止まって動かなくなったりしてしまう子もいます。そのため、自宅とは逆方向にお散歩へ出て、家へ帰りたい気持ちが膨らむ前にお散歩を終わらせて戻ります。
小型犬であっても、突然パニックを起こしたり、帰りたいのに帰れない苛立ちから興奮状態になったりしてしまうと、予期せぬ事故に繋がってしまう危険があります。ですから、お散歩で十分な運動量が取れない代わりに、院内ホテルの遊びスペースで、玩具で遊んだり、抱っこが好きな子は業務の合間に抱っこしたり、ボディケアでリラックスできるように声をかけたりします。
猫ちゃんは、基本的にケージからは出しません。十分な安全確保ができないので、ハーネスやリードをお持ちいただいても、お散歩をしないことになっています。飼い主さんとは上手にお散歩ができて、自宅では室内フリーでおとなしくしている猫ちゃんでも、環境が変われば脱走の危険性が高まります。また、飼い主さん以外の人間とお散歩に出かけることは、信頼関係もなく行動予測が取れないので危険です。
ホテルお泊まり 混乱と不安による行動
初めてのペットホテルお泊まりや、年に1度だけのペットホテルお泊りの動物たちの多くは、混乱と不安、寂しさなど精神的なストレスから様々な行動をみせます。また、胃腸症状や極端な食欲低下を見せる子が多くいます。
ペットホテルで見られる動物たちの行動と体調不良ランキング
1位 1日中吠え続ける
日頃1頭飼育で、家族以外との接点が少ない犬は、同じ空間に他動物がいることで過敏になり、吠え続けます。また、多くの時間を個室で過ごしているので、「出して!」「やだよ!」「ここにいるよ!」「帰りたい!」と必死になって吠えます。他犬が少し動いただけでも吠え、人の動きや音に対しても激しく吠えます。
2位 全く食べない
2位としましたが、1位と並ぶくらい多いのが食事の拒否です。吠え続けて食べない子、静かにしているけれど食事は拒否する子がいますが、多くの場合2泊目から食事拒否が始まります。飼い主さんが持たせてくれたいつものご飯と器でも拒否。大好きなオヤツも拒否。お水だけは飲みますが、ごく少量で、食べないことで意思表示をします。また、分離不安症の子は環境が変わっただけで食べられなくなってしまいます。
3位 下痢
食事拒否が数日続くと、嘔吐や下痢が始まります。また、食事拒否をしなくても精神的なストレスから下痢になってしまう子もとても多くいます。
4位 破壊行動
個室内に置かれた水の器を激しくかじったり、トイレトレーや飼い主さんが持たせてくれた自分専用のベッドや玩具などを壊したりします。慣れない環境と、いつもと違う生活スケジュールに破壊行動が見られる子もいます。
5位 動かない
猫さんは、環境が変わるとベッドなどに隠れて姿を見せなくなります。3段ケージでのお泊まりでも、持参したベッドから微動だにせず、人の気配がなくなってからトイレをしたり、食事をしたりしています。犬も、とにかくじっと動かずに食事もとらずにただ、耐えていたり震えていたりする子もいます。
飼い主さんにとっては信じられない行動
お迎えに来ていただいたときに、お預かり中の様子を細かくご報告します。ご紹介したような行動や、症状がみられたことを伝えると、とても驚かれる飼い主さんが多いのです。
- 家では吠えたこともないし、お散歩で引っ張ったり他動物に興味を示したりしない。
- いつも食欲旺盛でご飯を食べないなんて、とても信じられない。
- ふだんは活発で遊びも大好きで、誰にでも懐く性格。
- 小さいときから家で悪戯もしたことがないし、物を壊したこともない。
私が数日、お世話をしてきた印象と、飼い主さんから聞く日頃の様子や性格は、驚くほど違いがあることがあります。住み慣れたおうちで、大好きな飼い主さんが傍にいて、自分だけの特別な場所がある環境が、どれほど動物たちにとって【安住】であるかが分かります。
飼い主さんが一緒にいるから、ご飯も美味しいし、悪戯もする必要がないのです。動物たちにとって【健康な生活】とは、病気の予防や食事のバランスももちろん重要ですが、一番は、【安心】【安定】という心の状態なのだと強く感じました。
7泊8日 柴犬男の子1歳 初めてのホテルお泊まりでの様子
他の犬や猫も大好きだし、人も大好きだから、ホテルのお泊まりも心配ない。と、海外出張のため長期のお預かりをすることになったワンちゃんとの試行錯誤の1週間をご紹介します。
食事拒否
生後2か月の頃から、寄生虫予防、予防接種、去勢手術などで来院していた子で、いつも陽気で診察も嫌がることなく、帰り際には毎回受付の中をのぞいて体を触ってー♪と、お腹をゴロンと見せてくれる子です。
長期のお泊まりのご予約をいただいたときに、ホテル利用が初めてなので飼い主さんから細かく日頃の様子を伺いました。長期のお預かりなので、途中でホームシックになったときには、心のケアを注意してしていこう。と考えていました。
飼い主さんが帰り、個室に入り私の手から大好きなオヤツを食べてニコニコとしていました。ですが、夜ご飯は半分しか食べずに表情が暗くなっていました。
翌朝、お散歩を終えて帰ってきても、朝ごはんは一切食べず、オヤツも食べなくなり一日中吠えるようになりました。ボール遊びが好きなので、院内でボール遊びをして、お腹ゴロゴロマッサージは喜んでしてくれますが、どうしても食事は拒否していました。
胃腸症状
固形物を拒否し、水だけで3日目、朝から胃液を吐き下痢になってしまいました。高栄養のチュール、飼い主さんが持たせてくれたオヤツ、お肉、お粥、全て拒否。4日目になり、遊びやお散歩やスキンシップは嬉しそうに元気はありますが、空腹と精神的なストレスで睡眠も十分ではなく、心身ともに負担はとても大きくなっていました。
精神的なサポート
飼い主さんのお迎えまであと3日、何とか食事をとってもらおうと抱っこの時間を増やし、抱っこしたまま食べまねを見せて口元まで運ぶと、ようやくふやかしたドライフードと高栄養のチュールを舐めて食べてくれました。ボールで遊びをして抱っこ。お腹のマッサージをして抱っこ。食べまねを見せて、食べさせる。これを繰り返し、6日目の朝は自分で器からご飯を完食してくれました。
通常1泊、2泊の短期お泊まりであれば、食事を拒否していても水分が取れていて元気があれば、様子をみます。吠え続けていても無視し、破壊行動があれば飼い主さんが持たせた玩具やベッドであっても、誤飲をさけるため個室には置きません。
寂しい思いをしていて不安なのに、可哀そうと手をかけ過ぎてしまうと、お預かり中に経験したことが、自宅へ戻ってから飼い主さんの躾やおうちのルールを崩してしまうこともあるからです。
- 食べなければオヤツがもらえる
- 吠えれば抱っこしてもらえる
- 物を壊せば構ってもらえる
ですが、この子の場合は長期お泊まりで、胃腸症状も強く出ていたので、まずは食べてもらうことを優先させました。高級なお肉より、いつも食べているご飯より、この子の場合は精神的なサポートが効果がありました。これは、頑固な一面と神経質な一面と寂しさと不安が、一度に現れ、食事拒否から胃腸症状を起こさせてしまったケースです。
日常生活と非日常
この子は、飼い主さんと1対1の家族で、日中は10時間ほどのお留守番です。基本しつけも十分にできていて、性格も穏やかで攻撃性はなく、人懐っこい子です。
通いなれた病院で、ふだんからお留守番もきちんとできている子です。ですが、やはり慣れた日常生活から突然、長期間非日常生活になってしまったら、飼い主さんが思いもよらない行動や症状が現れてしまいました。
飼い主さんが【大丈夫】と愛犬の日頃の様子から、信じてあげることはとても大切なことです。仕事や家族としての役割をもってもらうことも、信頼関係を深めるためには必要です。ですが、突然飼い主さんの姿が見えない非現実の状況では、どんなに慣れた場所であっても、食事もとらなくなるほどストレスを感じてしまうこともあるのです。
家と同じベッドがあっても、大好きな玩具があっても、大好きな飼い主さんの匂いのしない、声が聞こえない場所は、どれほど手を尽くしても、この子にとっては快適ではないのです。
ホテル利用後
無事に飼い主さんがお迎えに来て自宅に帰ってから、胃腸症状もなく食欲もいつ通りだったそうです。病院がトラウマになった様子もなく、元気にお散歩の途中に来院して、お腹を出してくれるのはいつも通りです。飼い主さんにお待ちいただいて、この子を連れてホテルへ入ってみても拒否することもなく、慣れた様子でゴロンゴロンし始めました。
何だったんだろうね?と飼い主さんも不思議そうにお話されていましたが、どんな気持ちで1週間を過ごしたのかは、この子に聞いてみなければわかりません。
ホテル利用に備えて飼い主さんができることとは
年1度のホテル利用、又は初めてのホテル利用の子で、精神的ストレスによる行動や身体的症状が現れる子は、およそ6割です。その多くが、日頃しつけや生活面で困りごとや、悩み事がない飼い主さんです。ホテル利用で、愛犬愛猫がストレスなく過ごせるようにするには、【予行練習】が一番大切です。
予行練習は1泊させなくても、短時間でも可能です。
- 1時間
- 3時間
- 6時間
- 夕方から翌朝まで
など、利用したいホテルと相談して、ぜひ事前に予行練習をしてあげてください。どんなに【心配ない】と思える子でも、どんな行動や症状が現れるかは分かりません。
できれば、飼い主さんと一緒にホテルの個室へ入ったり、スタッフさんと一緒にお散歩をしてもらったりと、予行練習について相談してみましょう。
病気やケガで入院になったときのためにも
飼い主さんの仕事の都合や、旅行や帰省でホテルを利用するときには、健康です。多少のストレス行動や、食事拒否程度であれば、大きな健康被害に繋がることはなく、日常生活に戻れば忘れてしまうかもしれません。
ですが、もし、病気やケガで入院が必要になったとき、上記にご紹介したようなストレスがかかっているとしたら、さらに負担は大きくなってしまいます。
動物医療でも、長期入院より自宅療養の方が回復が早いという考えが一般的になりつつありますが、それでも具合が悪いときに、大きなストレスがかかる非日常の環境で精神的な緊張が高まってしまっては、辛い思いをさせてしまいます。
ホテルの利用を通して、飼い主さんが上手に愛犬愛猫のストレス軽減について考えるきっかけになっていただければ幸いです。
まとめ
病院嫌いな子にとっては、病院のホテルというだけで緊張し、ストレスがかかってしまうこともあります。
診察台の上で震えてしまうような子は、かかりつけの病院とは違うホテルに預けることもストレス軽減の1つです。
今回ご紹介した、心配な行動や症状を見せた子たちは、若齢の子、未去勢の子、年1度のホテル利用の子、初めてのホテル利用の子がとても多かったのです。いつもは、病院も先生も看護師も大好きで、慣れているという印象の子がほとんどでした。
頻繁にトリミングやホテルの利用で来ている子たちは、慣れた様子でリラックスして過ごしていたので、やはり【慣れさせる】という経験は、とても大切なのだと感じました。ホテル利用から戻ると、様子が違う。下痢をしている。食欲がない。臭いに過敏になっているなどがあったら、ぜひ、利用中の様子をホテルに問い合わせて、次回のストレス軽減の参考にしてみましょう。