犬の社会化の概念
前回の記事では、社会化が犬に及ぼす影響について触れてきました。今回は、社会化の実践編というスタンスで、社会化について考えていきます。
まず、社会化には2つの期間があります。一方を「第一社会化期」と呼び、もう一方を「第二社会化期」と呼びます。ここでは、犬の社会化の中でもっとも短く、重要な「第一社会化期」について触れていきます。
第一社会化期(4週齢〜13週齢ごろ)
社会化の時期については研究者によっても異なります。一般には、新生子期(生後0日齢〜2週齢)、移行期(2週齢〜3週齢)があり、その後の4週齢〜13週齢ごろ(生後3ヶ月+1週)が第一社会化期です。
子犬は、鼻、目、耳などの感覚器官が動き出し、自分で動き回れるほどに成長した頃から社会化期が始まると言われています。この頃の子犬は、母親の保護の元、親から行動を制限されながら、兄弟との遊びの中でコミュニケーション能力を発達させます。
この時期の子犬は、脳の扁桃体が未発達なために警戒心が薄く、好奇心が旺盛です。したがって、自分の興味のあることには積極的に行動に出ます。相手に近寄りたいと思えば、積極的に近寄ります。遊びたいと思えば、積極的に相手に絡んでいきます。こうした行動の中で、相手が不快と感じたり、遊びの中で噛む力を間違えて強く噛んだりすると、相手に逃げられたり、叱られたりします。
このようなやりとりの中で、相手とうまくやるために自分がどう振る舞うべきかを学習します。遊びに誘うサインや、噛む力加減などを身につけていきます。また、相手が人や動物ではなく、物でも同じように学びます。色々な物に好奇心を示し、積極的に近寄ったり、触ったりします。こうして、それぞれの物が、安全なものなのか、それとも危険な物なのかを学んでいます。
この時期には、恐怖心や警戒心が低いので、多少の怖い思いにも柔軟に対応し、慣れることができます。
感受性の高い時期(感受期)
この第一社会化期の中の6週齢〜9週齢を「感受期」と呼びます(学説によっては臨界期とも呼ぶ)。感受期は、第一社会化期の中でもっとも重要な時期です。
“超“がつくほどに好奇心が旺盛なので、色々なことにトライできる時期です。この時期での経験は永続化するとも言われます。この時期に、他の生物への愛着、自分が犬であることの自覚、生活環境への慣れが進みます。こうした慣れが安定するこの時期までは、親元で兄弟と共に暮らす必要があります。
反対にこの時期よりも前に親犬や兄弟から引き離されると、愛着や自覚、慣れが阻害され、脳の健全な発育ができず情緒が不安定になりがちです。
第一恐怖期
この感受期の近くに、もう一つの大切な期間があります。これは「恐怖期」と言われ、生後8週齢〜10週齢の間の一週間だと言われています。
この時期に強烈に怖い経験を積むと、恐怖を感じた事柄に一種のトラウマを持ち、その効果は一生続きます。この期間、子犬には恐怖や苦痛を与えないように気をつける必要があります。
通常の刺激であれば心配は要りませんが、階段から転落することや、他の犬に本気で襲われる、叩いたり蹴ったり痛みを感じるようなことは避けるようにするべきです。もし、ここで失敗をすると、恐怖や苦痛を感じた対象に強烈な嫌悪感を抱き、怖がる行動や、攻撃性を見せることもあります。
第一社会化期の実践と注意点
ここまで見てきたように、第一社会化期は、子犬の体や心が急速に発達している時期です。家庭に引き取られる犬にとっては、生活環境の中にある刺激(騒音、他者など)に慣れる必要があります。もし慣れなければ、あらゆる事柄に恐怖を示すようになってしまいます。
我々飼い主として、この時期をどうやって乗り越えるかが子犬との生活の最初の関門となります。ここまで見てきたことを前提に、実践方法を見ていきましょう。
- 第一社会化期の中の8週〜9週齢で飼い主へ渡す
- 第一恐怖期の8週〜10週齢は家の中で触れ合いながら怖い思いをさせない
- 第一社会化期が終わる13週齢までに多くの犬や人と楽しい経験を積む
子犬が親と兄弟から引き離される時期は"8週〜9週齢"が最も新しい環境になじみやすいと言われています。また、この時期までは、親と兄弟の中で揉まれながら、他者への愛着、自分が犬だということの自覚を身につける必要があります。
第一恐怖期に当たる8週〜10週齢は、新しい飼い主の元、優しく触れられたり、話しかけられたりしながら、怖い思いをさせないようにします。子犬も活発に動くので十分な管理監督が必要ではありますが、構いすぎもよくありません。しっかりと安全を管理しながら様子を見ます。子犬が寂しがったら側で寄り添うなどをして安心させます。
第一社会化期の最後のイベントが最も重要です。12週齢〜13週齢までに2回目のワクチンを終わらせ、外界にデビューします。ワクチンが完全に終わっていないので菌が多く生息する、山、川、海などの大自然は避けて、街や公園に出かけます。そこで、沢山の人に可愛がってもらい、多くの犬と遊ばせます。
もし、近所に犬が多く集まる公園などがあればうってつけです。公園にいる飼い主さんに子犬であることを告げ、相手がワクチン摂取を済ませているかを確認し、遊んでもらえる相手を見つけます。ここでは決して、犬に対して攻撃的な犬とは合わせないようにします。大概、子犬には独特の匂いがあり、成犬の警戒心は低いものです。しかし、注意は怠らないようにしましょう。
こうした環境がない場合や、ワクチンの事が気になる場合は、犬の幼稚園などを利用して多くの人と犬に合わせるようにします。こうした社会化は、15分程度のセッションを週に最低1~2回もつようにします。
多くの動物行動学者や、心理学者は、第一社会化期の最後のプロセスをこう表現します。
これが達成できれば、色々なタイプの人や犬を仲間だと認識することができます。ここまで慣らすことができれば、外で他の犬を怖がって吠えるや、攻撃するなどの行動はかなりの確率で抑えられます。また、外の車やバイクにもこの時期までに慣らすことができれば、外でパニックになることもないでしょう。
注意すべきは、感染症のリスクを下げるため、適切な環境で慣らすことです。これは飼い主の責任で行わなければなりません。
まとめ
第一社会化期は子犬の発育にとってとても重要な時期です。この時期は、犬のその後の一生を左右するほどの影響を持ちます。
日本の獣医療では、こうした行動心理面の影響を無視し「ワクチンが終わる14週までは外に出すな」と言われます。一方の欧米の獣医療では「社会化は心のワクチン」として、2回目のワクチンが済めば散歩デビューをするというのが主流になってきています。
これは、動物行動学や心理学の研究を元にしており、社会化期に家に閉じ込めておくと、外のあらゆるものを怖がるようになり、不安行動や攻撃性などの問題行動につながるという認識があるためです。しかし、この時期はワクチンが完全に終わっていません。これを行動学者や心理学者は「社会化とワクチンのジレンマ」と呼んでいます。
ワクチンとのジレンマを持つこの時期での経験で失敗をすると、次に待つ第二社会化期がより困難になってしまいます。社会化とワクチンのジレンマは現在の日本の獣医療では解決できない状況です。これは飼い主の責任でしっかりと考慮されるべき問題と言えるでしょう。
次回は、社会化の最終段階である第二社会化期について取り上げます。
《参考》
DR. JEN'S DOG BLOG,”THE DARK SIDE OF SOCIALIZATION:FEAR PERIODS AND SINGLE EVENT LEARNING”.
Helen Vaterlaws-Whiteside,Amandine Hartmann(2017).Improving puppy behavior using a new standardized socialization program,Applied Animal Behaviour Science.
Lara Batt BAgSc(Hons),Marjolyn Batt RN,DMU,JohnBaguley BVSc(Hons)MACVScMBA,Paul McGreevyBVSc,PhD,MRCVS,Cert(AS)CABC,Grad Cert H.Ed,MACVSc(Animal Welfare)(2008).The effects of structured sessions for juvenile training and socialization on guide dog success and puppy-raiser participation,Journal of Veterinary Behavior: Clinical Applications and Research,Volume 3, Issue 5, September–October 2008, Pages 199-206.