日本人と犬との関係 〜その歴史に迫る〜

日本人と犬との関係 〜その歴史に迫る〜

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犬と人間の付き合いは非常に長いと言われています。では日本人とワンコの付き合いは何時頃からなのでしょうか?ここでは日本人と犬の関係と歴史について紐解いて行きます。

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人間と犬の付合いは太古の昔から相互扶助の関係にあった

犬は最古の家畜であり、人間と犬は相互扶助の関係にあります。
犬は常に人間と共に移動していますので、犬の移動の歴史は人間の移動の歴史だと言っても良いでしょう。
それは日本の場合は、縄文時代からの付合いだとも言われており、起源は不明ですが縄文時代に縄文人の集落跡から犬の骨が出現しています。
更に歴史を遡ると、期旧石器時代に東アジア地域で狼が家畜化され、それが日本列島へ持ち込まれた可能性があると考えられています。
しかし残念な事に、古学的発見は未だ十分でないとも言われています。

歴史ごとの犬の役割

縄文時代

この時代の犬(縄文犬)は主に狩猟犬であり、人間と一緒に狩りに行き鹿や猪の追跡・捕獲に使われたとみられます。
その証拠に、現代の猪猟における犬の歯の欠損状態と、この時代の犬の歯の欠損状態とが類似しているのが何よりの証と言えるでしょう。

縄文犬

弥生時代

この時代の犬(弥生犬)は狩猟犬もいましたが、主に人間のためのタンパク源だった様です。
と言うのも、長崎県の原(はる)の辻遺跡から殺されて食べられた犬の骨がたくさん発見されています。
弥生人は農耕生活をしておりましたので犬は食用とされていたそうです。
また、この頃から農地を害獣から守るための番犬と言う役割が始まったとも言われています。
自分達は犬に守ってもらい、一方では食べてしまうのですから、人間とは身勝手な動物です。
そして、この時代を境に外国犬の影響を受けない純国産犬である紀州犬,秋田犬,北海道犬,四国犬,甲斐犬,柴犬などに分岐されるきっかけとなります。

弥生犬


この時期の日本列島に住む人々には犬食文化があったのですね!
犬をこよなく愛す私としては強い抵抗を感じます。


古墳時代

この時期の犬は狩猟以外にも、番犬や穀倉内での鼠駆除などの役割をしていたと見られます。
中国・山陰地方にいる石州犬が、現在でも鼠を捕る習性があるのは遺伝継承の現れです。

石州犬

飛鳥・奈良・平安時代

これらの時代は猟犬や番犬だったのですが、とにかく犬が大切にされていた様です。
675年には犬肉食を一定期間禁じる通達も出され、しかも【公的機関の犬】が登場し、それにより【御犬飼】という犬のエキスパートまで現れ、彼らによって当時の最先端飼育訓練技術術が研究されたと言われています。
また、この時代では現代のペット先進国の様に、犬は保護されるべき対象となっていたとも言われています。


飼育放棄や虐待,殺処分は無かったのでしょうか?
無かったとしたらなら是非この時代を見習わなければなりませんね。


鎌倉時・室町時代

この時代の犬達は、番犬と言う役割の他に、【犬追物】と言う競技にも使われていました。
犬追物は牛追物から始まり鎌倉時代から始められ盛んに行われていた様です。

犬追物とは、太い縄で境界を示した円周約40mの円の中央に犬を放ち、境界線から外に出さない様にしながら集団で追いかけて、犬が縄を超えようとする瞬間に合わせて近くの者が馬上から犬に矢を射ると言う競技です。
その際、犬を殺さない様に鏃(やじり)をのぞき鏑(かぶら)を大きくした蟇目(ひきめ)の矢を使用したと言われています。


私が思うに、これは動物虐待に近い行為ではないでしょうか。
逃げ惑う犬は命の危機を感じながら必死で逃げたのだと思います。


安土桃山時代

安土桃山時代は多くの犬種が戦国大名の権力の象徴として飼われていたそうです。
この頃の犬は可愛がられていたのですが、豊臣秀吉だけは別の理由で犬を大量に集めていました。
それは、大阪城で飼っている虎の餌として犬を与えていたようです。
しかも 驚くべき事に、生きたまま虎に与えていたそうです。
猛獣である虎は大きく大食漢であるため、その空腹を満たすため大量の犬が必要だったのだろうと考えられています。
そんな秀吉は、犬を調達するために近隣の村人達に対し犬を差し出すように命じたと言われています。

秀吉


豊臣秀吉ファンには申し訳ないのですが、秀吉と言う男は酷い奴ですね。
私から言わせれば最低最悪な奴です。
こんな男が天下人だったなどと思いたくありません。


江戸時代

江戸時代は外国との交流も盛んだったため座敷犬や大型犬が入ってきました。
これらの犬達は大名への献上品とされた様です。
また、この時代にスピッツを元にしたとされる【狆】が固定化されました。

狆

そして大型犬の多くは猟犬であり、大名行列の先触れ犬として重用され、諸大名は競って飼育したと言われています。


江戸時代の犬は裕福な大名に飼われていた事から、きっと大切にしてもらっていたのでしょう。
それに象徴されるのは徳川幕府5代征夷大将軍の【犬将軍】で知られる徳川綱吉ですね。
綱吉は【生類憐れみの令 】と言う法令を制定した将軍です。
かなり極端な法令ではありますが、命の尊さを重んじると言う意味では賛同する部分もあると思います。


明治時代

開国によって洋犬の大量流入が始まりました。
ここから明治20年代までに犬がペットとして全国へ普及する事になります。
また狂犬病が流行した事により、畜犬行政や獣医学が大きく発展し、猟犬団体や動物愛護団体が発足しました。
そして 明治43年には警察犬が登場し【公的機関の犬】として活躍して行きます。

大正時代

この時代になると輸入される洋犬の品種が大幅に増加され、ドッグショーも頻繁に開催される様になって行きます。
また、関東大震災の影響により日本畜犬界の中心が関西へと移ります。
そして、大正8年に大日本帝国陸軍はシェパードを中心とした軍用犬の運用を開始しました。

軍用犬

こうして明治から続く警察犬と共に【公的機関の犬】として活躍する事になります。

昭和

昭和に入ると本格的な畜犬文化の到来です。
愛犬団体が多数設立され、ペット業界は隆盛を極めました。
また、昭和3年に日本犬保存会が発足され在来犬種の再評価も始まりました。
そんな中、日本犬が次々と天然記念物に指定され『和犬ブーム』が起こります。
しかし太平洋戦争の末期には、アメリカ軍の空襲により多くの日本人と犬達が死んで行きました。


戦災によって人だけでなく、犬もたくさん死んでしまった事を、太古の昔から人間と生活を共にして来た犬達の宿命、と言うには少し無理があると思います。
何故ならば、我が国が軍国主義となってしまった結果がそうさせたのです。
そして、戦争を起こしたのは我々人間です。
犬が死ななければいけなかった道理は全くありません。
この様な悲劇は二度と起こしてはいけませんね。


まとめ

現代の犬達は家畜から家族へとその用途が変って来ました。
そして現在では犬の登録数(飼われている数)が1,034万6,000頭と言われていますが、それに伴って様々な問題を引き起こしています。
特に問題なのが、飼育放棄により捨てられて殺処分される犬達です。
人の勝手な都合で殺されてしまうなんて、可哀想だと思いませんか?

犬達は何も悪い事などしていないのです。
もし人間がその立場だったらどうしますか?
私は自分の無力さに腹立たしさを感じます。

人と犬

大昔から人と一緒に暮らし、様々な役割を担ってくれて、今も私達を支えてくれている犬達。
一日も早く殺処分が無くなる様にひたすら祈るのみです。

ユーザーのコメント

  • 投稿者

    40代 女性 leon

    私の住む街、東京都の中野区の区役所の脇に、かつてこのあたりが徳川綱吉によって作られた犬屋敷だったことを残す記念碑があります。犬が優雅に4,5頭くつろいでいる石碑です。犬屋敷の敷地は、最盛期には東京ドーム20個分の30万坪もあったとのこと。広い敷地内には8万頭もの犬が暮らしていたそうです。
    広い敷地内には、犬小屋、餌場、日除け場、子犬養育場があり、専門医や役人が配備されていたとのこと。
    優遇された環境で、犬たちはどんな生活を送っていたのでしょうね。
    また大きな犬囲いがあったこの場所の旧名は「囲町」だったということです。摩訶不思議な「生類憐みの令」ですが、区役所へ届出をしに行った際にこの記念碑を見つけた時はちょっと嬉しかったです。
  • 投稿者

    女性 つなぽん

    犬好きにとって「犬の歴史」というものは興味深いです。私も犬が大好きなので、犬に関連した歴史的記事を読むのが大好きです。人間は縄文時代から犬と一緒に生活していたなんて、とっても嬉しいですね。お互いに利益があったのでしょう。縄文犬は見た目柴犬のようで、親近感がわきますね。しかし、犬を食べていたというのにはショックでした。私も犬をこよなく愛する者として、強い抵抗を感じました。しかし、歴史なので仕方ありませんね・・・。 また、豊臣秀吉の件にも驚きました!虎を飼っていたなんて、学校の授業でも習ったことがなかったので、知りませんでした。虎の餌にするために犬を集めていたなんて、怒りがこみ上げてきます。また、徳川綱吉の犬好きは有名ですね!私は綱吉が犬好きということで、綱吉が大好きになりました(笑)。
  • 投稿者

    40代 女性 ケーキ

    カレンダーや写真集など柴犬などの日本犬が圧倒的大人気ですが、やはり日本人のDNAに刻まれるくらい昔から一緒に生活をしてきたからなのかなと思ってしまいました。
    私が飼っているのは洋犬ですが、やはり柴犬は大好きです。住まいの関係で小型犬を飼っていますが、柴犬を見ると心が和みます。いつかは飼いたいなと思っています。
    聖徳太子が犬に名前を付けてかわいがっていたという記録があるとどこかで読んだのですが、狩猟犬や番犬だったとしてもはるか昔から犬と心が通じるということがあったのでしょうね。
    逆に昔の人々が犬と良い関係を作って来たからなのかな、改良してきたからなのかな、とにかく現代の犬が人間を好きでいてくれることに感謝ですね。
  • 投稿者

    女性 aoi

    昔の日本では犬を食料として見ていたんですね。悲しいことですが、そういう歴史もあったんだと思うと、今はそんなことがなくて本当に良かったと思います。国によっては未だに残っているところもあるようですが。
    私が引っ越しをする前にいた近所に、アジアの外国の方が住んでいました。当時うちで飼っていた赤毛の犬を見ては「赤毛だからおいしいよ」とカタコトで言われ、愛犬が食べられてしまうかもしれないととても怖くなったのを覚えています。番犬として飼っていたので屋外でした。その後、しっかりと全方位を囲む柵を取り付けたきっかけでもあります。

    こうして古来の日本の歴史と同時に犬の扱いを見ていくと、人間の勝手なエゴがあからさまに表れていてとても複雑です。過去の過ちは二度と起こさないよう、現在に生かしていかなくてはなりませんね。
  • 投稿者

    30代 女性 nico

    各時代ごとに分かれていて、とてもわかりやすくまとめられていて興味深く読ませていただきました。時代をさかのぼればさかのぼるほど、犬と日本人はお互いに利害関係を持っていたというか、お互いに理由があってそばにいたんだなということを感じさせられますね。現代では、「仕事」を持つ犬はほんの一部で、「仕事」をともにする飼い主もほんの一部。基本的にはかわいがる対象として暮らしているので、それが犬にとって幸せな方向に向かうこともあれば、虐待などひどいことに巻き込まれてしまうこともあるのでしょう。今の方が、人間が犬を「支配」している気がします。犬の人生のすべてを人間がコントロールできてしまうので、その責任も大きいなと感じさせられました。私は愛犬と利害関係があるわけではないので、信頼関係を結べる人間でいたいなと思います。
  • 投稿者

    50代以上 男性 くうたろう

    歴史の中で抜けていることがあります。
    戦時中、イヌの毛皮を戦地の兵隊さんに送る、非常時に犬を飼うのは贅沢だ、という理由から飼い犬が集められ殺されました。毛皮云々は真っ赤なウソ、駆り集めた憲兵たちに殺され、死にきれなかったイヌ達の悲鳴が聞こえたそうです。
    父が子供の頃、やはり飼い犬が取り上げられ、帰ってこなかったそうです。
    「ある日憲兵が来て『犬を飼っているだろう』と言いに来た。『いない』と答えたけど『いるはずだから、名前を呼べ』と言う。呼んでもいつもは来ないのに、その時に限って出てきてしまった」見てる前では嫌だろうから、とどこかに連れて行ってしまった。と、祖母が昔話をしてくれたことがあります。
  • 投稿者

    女性 たこ

    犬と生活をしていると、どうしてこんなに意思疎通が取れるんだろうと不思議になることが多くあります。太古から犬と生活をしてきたから、DNAレベルで何か犬とチャンネルが結ぶような、そんな仕組みが私たちには備わっているじゃないかしら、なんて思っちゃうほど。
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