里親と保護犬は通じ合えるのか
愛犬は元保護犬
私の愛犬は、3年前に迎え入れた元保護犬です。その子はメスのミニチュアダックスフンドで、片目の眼球が委縮していて、もう片方の目にも視力がない盲目犬です。年齢は不明ですが、推定10歳程度と若くはありません。
子犬から飼うという固定概念
私は過去に犬を飼ったことはありましたが、保護犬を迎え入れるのは初めてでした。今まで「ペットはペットショップで出会うもの」「子犬から飼い始めるもの」という固定概念を疑わずに持っていました。
最近では動物愛護の意識が高まり、各地で犬や猫の譲渡会が盛んに行われています。私も地域の譲渡会に初めて足を踏み入れて愛犬と出会ったのですが、そのときに私の固定概念がガラガラと崩れていきました。
成犬から飼うことへの不安
日本人の心には「忠犬ハチ公」のストーリーが強く印象付けられていることと思います。犬はどんなことがあっても飼い主に従順な生き物であると、私の心にも深く刻まれていました。そのため、成犬になった犬を途中から飼って、果たして心を通わせることができるのだろうか?と少し不安がありました。
3年間で見られた変化
愛犬を迎え入れて3年、来年の2月で丸々4年になります。私たちはこの時間に、ゆっくりとお互いを理解してきました。今回は、迎え入れた当時から現在までに感じた愛犬の心の変化について、お話したいと思います。もちろん、愛犬から直接心境を聞くことはできないので私の想像上でしかありませんが、愛犬の心の変化が態度になって表れていると感じています。
1.新しい名前を覚えてくれたとき
愛犬は名無しの権兵衛ちゃんだった
愛犬は迷子になって、道を放浪していたところを保護された子です。保健所で一定期間保護をして飼い主さんのお迎えを待っていましたが、結局飼い主さんは迎えに来ませんでした。その後、保護団体に引き取られ、譲渡会にてその子と出会いました。元の飼い主さんが不明なので名前も不明です。ですので、私は新しく名前を付けてあげる必要がありました。
犬にとって名前とは?
犬が野生で生きていたのなら、犬同士で固有の名前を呼び合うことはないでしょう。犬の自己紹介は名前や出身地などを話すのではなく、お互いの体臭を嗅ぎ合うことで認識し合います。ある種のオウムには親が付けるオウム語の名前があるそうですが、それを除けば名前は人間が他人を識別するための言葉です。犬にとっては、飼い主と自分を繋ぐためのコマンドの1つです。
名前が変わっても犬は認識するのか
愛犬にもきっと、元々の名前があったことでしょう。しかし、今やその名前も不明なので、我が家での新生活を始めるにあたり新しく名前を付けました。私は愛犬が「新しい名前=自分」だと覚えてくれるのか不安でしたが、私の不安をよそに愛犬は結構すんなりと覚えてくれました。
最初は名前を呼んでも「何ですか?」という顔をしていましたが、ごはんを与える前や散歩に行く前など、事あるごとに名前を呼んでいたので、繰り返し呼ばれるうちに「自分を呼んでるんだ」と気付いたのでしょう。犬のトレーニング的には、犬にとって嬉しいことのときに名前を呼ぶと、犬が自分の名前にポジティブな印象を持つそうです。
名前とは「あなたは特別」という気持ち
人間にとっての名前は、誰もが一番初めに手にする自分のアイデンティティーです。それと同時に、親や家族が「あなたは特別」という気持ちで、たくさんたくさん考えて与えてくれるものでもあります。
私も愛犬に「犬はこの世界にたくさんいるけれど、あなたはどの犬とも違う特別な1匹なんだ」という気持ちで名前を付けました。愛犬は「名前を呼ばれるとおやつ食べれるかも~♪」くらいに考えているかもしれませんが、それでも新しい名前を覚えてくれて駆け寄ってきてくれる姿を見ると、心の距離が一歩縮まったような気がして嬉しかったです。
2.トイレに成功したとき
環境の変化+目が見えないハードル
私は猫も多頭飼いしていますが、猫の場合は「砂の上でトイレをする」という本能があるため、よっぽどのことがない限り、子猫であってもトイレはすぐ覚えます。我が家の一番若い黒猫なんて、拾ってきて家に入れた瞬間に猫のトイレに直行したくらいです。
しかし、犬の場合はトイレトレーニングに苦戦することもあります。愛犬は保護犬で住む環境が変わったということに加え、盲目ということもあり、トイレを覚えてもらうまでとても時間がかかりました。
今までの環境の影響
愛犬が保護してもらっていた施設ではたくさんの小型犬を保護していたため、1部屋にトイレシートが広範囲に敷いてある飼育環境であったことも大きく関係していると思います。トイレをしても良い場所がある程度広い環境と、狭い範囲でトイレをしてもらいたい我が家の環境とは違います。
犬は目が見えなくても、鼻や耳が利くので、ある程度不自由なく過ごすことができます。トイレに関しても「自分のニオイがつけば覚えるだろう」とのんきに考えていましたが、結局かなりの時間がかかりました。前の飼い主さんが十分なトイレトレーニングをしていなかった説も浮上するくらいの粗相のありさまでした。
もしかしたらお外でトイレをする習慣だったのかもしれません。過去のことはもはや想像でしかありませんが、そんな想像をしてしまうくらいに愛犬はトイレ以外のあらゆる場所で粗相をし続けました。
黙々と粗相を片付ける日々
「トイレの粗相で叱るのはいけない」という意見があることを知り、私は愛犬の粗相を黙々と片付ける日々を過ごしました。せめて「ここがトイレだよ」と気付いてもらうために、愛犬が粗相したおしっこをトイレシートに吸収させて、トイレのスペースの隅にわざと残しておきました。それでもなかなかトイレシーツにしてくれませんでした。
「犬は食後にトイレに行くことが多い」という意見も知り、愛犬がごはんを食べ終わったらトイレの場所に連れて行ったりもしました。タイミング良くおしっこをしてくれたときには大げさに褒めておやつを与えました。これもなかなか根気がいる作業でした。
根気が報われた日
そんなある日、ついに愛犬がおしっこに成功しました。なぜ突然トイレでおしっこをしようという気持ちになってくれたのか定かではありませんが、そのときは自分からおもむろにトイレへ行き、シートの上でおしっこができたのです。その瞬間は本当に嬉しくてジーンとしました。
今まで「どうしてできないんだろう?何がダメなんだろう?」とモヤモヤしながら粗相の掃除をしてきましたが、そんな日々がやっと報われたのです。私はそのとき「この子はやっとうちの子になれたんだ」と思いました。
3.初めて笑顔を見たとき
犬の表情は人間に似せて進化した説
犬の表情は人間に似せて進化したと言われています。犬が笑顔のような顔をするのも申し訳なさそうな顔をするのも、人間と心を通わせて共生するためのものであるという研究もあります。
愛犬の保護当時の表情
私は譲渡会で会った愛犬が忘れられなくて、譲渡会に行った日の夜に保護団体のブログを見ていました。過去のページをさかのぼると、保護当日の愛犬の写真が載っていました。
そこには、やせ細り脂ぎった身体にボロボロのハーネスを付けて、不安そうにクジラ目をした愛犬の姿がありました。首輪もリードも付けておらず、唯一付けていたハーネスすらもちゃんと装着されておらず、片側が腕から外れていました。私はその写真を見て胸が張り裂けそうでした。
同じページに、保護団体によってシャンプーとトリミングをしてもらった後の愛犬の写真もありました。保護当日の姿とは違い、きれいになって目にも落ち着きが表れていました。しかし、私が今まで出会ってきた犬たちとは違い、愛犬の表情は少し乏しいなと思っていました。
感情表現の乏しさ
我が家に迎え入れてからも、愛犬の表情の乏しさを感じていました。表情というより、感情表現をしない子だなという印象を持ちました。迎え入れて半年ほどは、愛犬に「嬉しい!」や「食べたい!」「嫌だ!」というような感情表現があまり見られず、いつもぼんやりしているような印象でした。
初めての笑顔
愛犬を迎え入れてから、愛犬はお散歩がとても大好きな子であることがわかりました。公園で一緒に走ったり、愛犬が行きたいように歩かせてあげたりしているときには、普段以上に「楽しい」という感情が態度に表れていました。
そして、ふと名前を呼んで愛犬が振り返ったとき、一瞬でしたがその表情に笑顔のようなものが見られました。迎え入れてから、ずっとぼんやりとした性格の子なのかなと思っていましたが、本当はこんな顔をすることもあるのだと、そのとき初めて気が付きました。私はこのときに、この子の心を少しずつ開いてあげることができるかもしれないと希望を持ちました。
ここは安心だと分かってもらえた
迎え入れた当初、愛犬は家の中で所在なさそうに私の後追いをしていました。私が立ち上がれば愛犬もくっついてきて、トイレやお風呂まで出待ちしているような状態だったので、知らない環境に戸惑って不安を感じているのだと思いました。
しかし、3年というときが経った現在では愛犬は一人でくつろぐ時間が長くなり、私の後追いをすることもなくなりました。後追いをされていたときも愛おしい日々でしたので、ちょっとサミシイですが、愛犬に「ここは安心だ」とわかってもらえたのだと思うとほっとしました。今ではひとりでヘソ天でグーグーと寝たりもしています。
まとめ
犬と人間は違う種類の動物であるにもかかわらず、太古の昔からなぜかパートナーとして共生してきました。その歴史は「言葉が通じなくても心は通じ合える」ということを物語っていると私は思います。
愛犬家のみなさんにもきっと、愛犬と心が通じ合えた瞬間がたくさんあることでしょう。違う動物なので、通じ合うのに時間がかかるかもしれません。すぐに分かり合えないこともあり、根気もいることでしょう。しかし、犬たちとゆっくりじっくり向き合っていけば、きっと奇跡のように嬉しい瞬間に出会えると信じています。