心理学的幸福について考える
我々を含む動物の多くは、本来の生活環境からかけ離れた状況に置かれると、感情や行動が変わってしまいます。こうした状況では大きなストレスがかかることになり、酷くなれば感情は乱れて精神障害に発展することさえあります。
愛犬の持って産まれた本来の姿を見るためには、彼らの環境を整える必要があります。また、こうした環境整備は飼育動物が幸福を感じるためにも必要不可欠であることは、近年の動物心理学研究においても重要視されています。
最近の欧米の学会では、こうした飼育環境について定められたガイドラインに従っていない、または飼育環境が明記されていない論文は受け付けない傾向にあるそうです。科学界においても動物の心理学的幸福を追求し、自然な行動が見られるようにすることを大切にし、その上で心理学の実験を行うのが主流になってきています。
動物福祉について考える
動物福祉という言葉は、最近でもよく目にするようになりました。心理学的幸福を高めるためには、動物の福祉を向上することが課題となります。つまりは、犬が生きる本来の環境になるべく近づけ、不快なストレスに晒されずに暮らすことです。犬は野生動物ではなく、家畜動物です。犬にとっては人と暮らすことは自然な環境であり、人が介在しないで暮らすことは非自然的とも言えます。
しかし、彼らの先祖は野生動物であり、その行動が多く引き継がれています。例えば、狩猟本能や、高い運動欲求、テリトリー意識、仲間たちとの接触(社会的接触)などは、先祖の野生動物から色濃く受け継がれています。こうした行動や欲求を満たすことが環境整備として必要な項目になります。
環境エンリッチメントについて考える
環境エンリッチメント(environmental enrichment)とは、飼育環境に対して行われる工夫を指します。動物の健全な行動の多様性を引き出すことで異常行動を減らし、動物の福祉と健康を改善するための考え方です。動物の福祉を向上させるもっとも強力な手段の1つとされています。
エンリッチメントの効果は実証されており、
- 常同行動を含む異常行動の減少
- 恐怖反応の改善
- 脳障害や老化の緩和
- ストレスの緩和
- 健康状態の改善
が認められています。
環境エンリッチメントには、様々な細かい項目があり、すべてを網羅するためには、野生動物が住む広大な敷地が必要になります。多くの飼い主に於いては、これは実現不可能でしょう。犬の環境エンリッチメントを整えるためには、限りなく理想に近づけることです。ここでは簡易的な項目をいくつか挙げてみます。
狭いケージに閉じ込めない
犬は本来、広いスペースを必要とします。同時に狭いスペースも必要です。ケージなどは狭いスペースに該当しますが、閉じ込められるということは自然界では死に直結し、高いストレスを感じます。ケージを置く場合は、ドアを解放して置くのが良いでしょう。また、排泄は屋外やケージなどの寝床から離れた場所に置きます。
運動量を確保する
犬は犬種を問わず健康な心と体を維持するための運動が必要です。運動不足は欲求不満をうみ、ストレスによって異常行動が発生します。また、犬は薄明薄暮性の動物なので、毎日の朝晩の散歩が必要です。
給餌の工夫
多くの動物は、目の前の簡単に手に入る餌よりも、いくらか入手困難な餌を探して食べることを優先します。こうした現象をコントラフリーローディングと言います。犬では知育玩具などがこれに該当します。ボールを転がすと餌が食べられる作業は、犬にとっても楽しく、脳に刺激を多く与えることができます。与える餌の10~20%はこうした遊びに使うのが良いでしょう。
飼い主とのコミュニケーション
犬は人と同じく社会的動物です。個で生きる孤立性は少なく、他社の存在が必要です。飼い主と出かけたり、遊んだり、一緒に寝たり、会話(行動での会話)をするのを楽しみます。またこうした行いは、犬の脳の発育にも重要な効果があります。
自然な行動を保障する
環境エンリッチメントを整え、愛犬がストレスに晒されずに生きることができれば、自然に限りなく近い行動がみられるようになります。愛犬が出す仕草などから気持ちを探ってみましょう。環境が整っていれば、異常な行動は限りなく少なくなっているはずなので、行動を観察するのもシンプルになることでしょう。反対に環境エンリッチメントが整っていない状況では、犬の行動に異常行動が混ざることになるので、犬の仕草から気持ちを読むことは困難になるかもしれません。環境エンリッチメントを高めて、自然な行動が観察できれば、愛犬の才能、知能、感覚、心の状態など様々な情報を得ることができます。
まとめ
犬の気持ちを知りたい。そう考えるならば、環境エンリッチメントについて考えてみてください。動物としての自由と、心理学的幸福を得た犬は、素直で崇高であり、飼い主に対して最大の愛情を見せてくれることでしょう。
また、こうしたエンリッチメントは、犬の身体的、心理的な健康のためにも重要な要素です。たとえば、頻繁に吠えるなどの行動があれば、その行動の意味を探るよりも前に、エンリッチメントを見直してみることで改善することもあります。また、こうした問題行動に於いても、しつけ云々を語る前に犬が生きる環境を見直すことが優先されるべきではないでしょうか。
《参考》松沢哲郎(1996),心理学的幸福:動物福祉の新たな視点を考える,京都大学霊長類研究所,日本動物心理学会,46,1,31-33
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40代 女性 大型犬