「食糞」とは
犬が糞を食べる行為のことを「食糞」と言います。食糞症とも言われ、学名ではコプロファジー(Coprophagia)と呼ばれます。犬以外の動物でも多くの動物がこのコプロファジーを持っています。
犬の場合は、草食動物の糞を食べることで必要な栄養を摂ることがあり、これは野生の犬でもよく見られる行動です。家庭犬の場合では、自分の糞や同居犬の糞を食べることがあります。また、同居している猫の糞を食べることもあります。
犬の食糞の原因
食糞の原因は多岐に渡ります。ここではまず、医学的な原因から探っていきます。獣医師のDr,ベッカーは以下のように指摘しています。
酵素の欠損
健康な膵臓は、食物から栄養素を消化するのに必要な酵素を生産します。酵素は膵液に含まれます。膵臓がうまく働かないと酵素が生産されず、栄養を吸収できなくなります。この状態が続くと、飢餓状態になり、糞を食べようとすると言われています。
寄生虫の除去
カルフォルニア大学のベンジャミン・ハート博士は、以下のように説明しています。犬の群れの中の若い個体が食糞し、寄生虫に寄生されることを防ぐために老犬が代わりに行う役割があるとしています。
質の悪いフード
多くの安い乾燥ドッグフードには生物学的に好ましくない(利用できない)成分が多く含まれているため、糞の中に栄養成分が流出します。流出した成分には匂いを含むので、犬は糞から栄養を摂ろうとします。
このように、質の悪い乾燥ドッグフードのみを与えられ、生の肉を食べることのない犬は、潜在的な酵素不足を補うために自分の糞を食べようとします。
犬が食糞をしてしまう行動学的な理由
例えば、子犬を持つ雌犬(母犬)は、子犬の健康を守るために、生活環境を清潔に保ちます。子犬が誤って食糞しないようにするために、自らが食べることもあります。また、子犬は、こうした母犬の行動がないと、好奇心から食べることがあります。成犬でも、単に退屈して食糞をすることもあります。
よく、サークルの中でトイレをさせる習慣を好む飼い主がいますが、これは生活環境を悪くすることになり、自分の寝床を清潔に保つために食糞をすることがあります。こうしたケースでは、飼い主が原因ともいえるでしょう。
犬が食糞をしてしまう心理学的な理由
飼い主に叱られるのを避けるため
食糞をした痕跡を飼い主が見つけ、その行為をきつく叱ると、犬は叱られることを避けるために、余計に食糞が強化されます。また、同様に排泄ミスを叱っていると、犬は罰を回避するための証拠隠滅を図ろうとします。この場合の証拠隠滅は、糞そのものを消し去ること、すなわち食べることになります。
不安やストレスから
犬がストレスを溜める状況や不安を感じている状況では、食糞が誘発されます。先述の罰の回避にも言えることです。また、一日中閉じ込められている犬は高いストレス状態にあり、多くの不安を抱えることになります。こうしたことも要因の一つです。
学習による強化
ストレスや栄養不足が起因して食糞をする場合は、食べることで満たされること(報酬)になります。犬は報酬を得ているので、この行動は強化されることになります。
犬の食糞が治療困難なケース(パピーミルの犬)
一般に、ペットショップの犬のうちの6〜7割はパピーミル(子犬工場)出身だと言われています。これらの犬で子犬の場合は、空腹や刺激不足、早期離乳が原因になると言われています。また、同じ器で複数個体が一斉に食べる状況では、激しい競争が生まれます。ここで競争に負けた個体は栄養不足に陥ります。
パピーミルの繁殖犬なども、空腹、餌の取り合いなどが原因の一つとなります。繁殖犬の場合は成犬であり、この習慣が長く続くことになるので、治すのが困難になります。こうしたパピーミルでは子犬でも成犬でも、一日中、狭いケージに閉じ込められているため、高いストレスに晒されています。先述の通り、こうした環境では不安やストレスが高まるので、食糞行動を高い確率で誘発します。こうした環境で身についた食糞は治すのが困難だと言われています。
犬の食糞を抑えるためにできること
ストレスを和らげる
食糞の修正には、総合的に対処する必要があります。まずは、糞を無人の状態でしないようにすることが肝心です。トイレの号令を決めて教えるのも良いでしょう。または、家では排泄させず散歩の時にするようにすれば、朝晩の2回で十分に排泄でき、すぐに片付けられるので食糞を防げます。これには散歩という運動の効果によりストレスや不安を下げる効果も含まれています。
日中に退屈している犬なら、脳を刺激する知育玩具などのオモチャも有効です。脳に刺激を与えることでストレスを和らげる効果があります。
質の良いフードに切り替える
Dr,ベッカーは、人間と同じクオリティーのタンパク質を摂ることで食糞の衝動を抑えることができるとしています。これはつまり、生肉などのことです。これに合わせて、酵素や乳酸菌、納豆菌、ビフィズス菌などのプロバイオティクスを餌に添加することを勧めています。
私の実例では、上記の方法に併せて、パイナップルを与えることで食糞を抑えることに成功したケースが多くあります。小型犬ならば1cm角に切ったパイナップルをさらに半分にして餌に混ぜます。必要に応じて量は調節します。パイナップルは皮を取り果実のみを使用します。中大型犬では1cm角を1~2個入れます。事前にアレルギーなどの確認が必要です。
また、食糞防止サプリメントは、プロバイオティクスの摂取に役立ちますが、製品の中には、グルタミン酸ナトリウム(MGS)が含まれているものもあります。MGSはうま味調味料の主成分であり、これが糞に流出すると食糞を誘発することになるので、MGSが入っていないものを選ぶようにしましょう。
まとめ
家庭犬の食糞はおぞましいものです。食糞を治すためにも原因を追求することは大切です。ここに挙げた原因が全てではありませんが、生活のストレスが原因ならば、生活環境と食生活の改善で効果が期待できます。もちろん、生活環境には飼い主の振る舞いも含まれることも留意してください。もし、あなたの愛犬がペットショップ出身なら、パピーミルで生まれた可能性も高いです。この場合は治すのに苦戦するかもしれません。上記の方法を全て試しても、改善しない場合は、獣医師の診療を受けて内臓の状態を確認しましょう。
内臓に問題がない場合はストレスと学習が原因である可能性が高くなります。その場合は有資格者のドッグビヘイビアリストに相談し、アドバイスを貰うのが良いでしょう。
《参考》
1,Karen Becker,DVM(2011),Why Do Dogs (and Cats) Eat Poop?,Healthy Pets,
2,日野常男・浅沼成人(2004),イヌ・ネコの腸内細菌と健康, 明治大学農学部生命科学科,ペット栄養学会誌,139-152.
3,Debra Horwitz,DVM,DACVB&Gary Landsberg, DVM, DACVB, DECAWBM.(2008),Dog Behavior Problems – Coprophagia,VCA,VCA Hospitals.
4, 光岡 知足(2002),プレバイオティクスと腸内フローラ, 腸内細菌学雑誌