犬の嗅覚
みなさんご存知のように、犬は嗅覚に優れた動物です。犬の嗅覚は人に比べて1000倍から1億倍ほど優れていると言われています。値に幅があるのは、匂いの種類によって差があるためです。嗅覚が1億倍といっても、どういうことなのか想像しにくいと思います。
これは、人よりも匂いの分子が1億分の1になっても感じることができるという意味です。人が感じることができないような、かなり薄くなった匂いでも犬には判るということです。このため、犬の嗅覚では、過去の匂いも判ると言われています。
例えば、3日前の飼い主の匂いも逃さず嗅ぎ取れます。この能力のお陰で、匂いの痕跡まで感じ取ることができます。何もない地面の匂いを嗅いでいるように見えても、それは過去の匂いを嗅いでいるのかも知れません。
犬が判別する匂いには、得意なものとそうでない物があります。鼻が良いはずなのに、特定の匂いには鈍感だったりもします。犬が判別する匂いは有機物であり、炭素が含まれる生物や食べ物などの匂いには敏感に反応します。反対に無機物である、鉄なので匂いにはあまり興味を示しませんが、これは訓練によって強化することもできます。
また、驚くべきことに、犬は複数の匂いが混ざった状態でも、それらを分別して感じることができます。例えば、シチューの匂いは、我々にはシチューとして感じられますが、犬は、シチューの中に入っている材料を別々に嗅ぎわけることができます。牛乳、ニンジン、ジャガイモ、バター、コンソメ、ベーコンなどなど…。空港の探知犬が、特定の物だけをカバンの中から嗅ぎ取るのは、この能力のお陰です。
犬にとって匂いは重要な情報源
つまり、生きていくために必要な食べるものや、他の生物の存在の確認をするために発達したのが、犬の嗅覚と言えるでしょう。
犬は、こうした優れた嗅覚を存分に活用し、進化させながら太古の昔から生き延びてきました。獲物となる動物がどこにいるのか、住処である縄張りに他の犬が来てはいないか、などを主に匂いよって判別し、適切に対処します。他の群れの犬たちへは、マーキングをすることで「ここは俺らの縄張りだぞ!」と知らせます。他の群れの犬は、このマーキングされた匂いを嗅ぐことで、そこに住んでいる群れの頭数、個体の健康状態、体の大きさなどを察知し、自分たちの行動を決めています。
現在、世に生きる家庭犬たちは、狩りの必要もなく、他の犬と戦う必要もなくなりましたが、こうした能力は、衰えることはなく、今でも脈々と受け継がれています。この匂い嗅ぎ行動は、本能による行動です。誰にも教わらずに犬は匂いを嗅ぎます。仔犬は、生まれてすぐに嗅覚が働き、母犬の乳首を探し当てます。そして、犬の最後の時まで嗅覚は働き続けます。
犬が匂いを嗅ぐ行動の心理
散歩の時には、犬は嗅覚を使って一生懸命に嗅ぎます。他の犬のマーキングや糞尿の匂いがあれば、そこに自分の情報を上書きし、自分の存在を知らせています。糞を出す際には、肛門線からフェロモンも出します。このフェロモンもとても重要な意味を持ち、ケミカルコミュニケーションとして機能します。しかし、多くの小型犬では、改良されすぎた結果、自分で肛門線からフェロモンを出すことができません。これは、生物学的には致命的な欠陥となります。
特に初めての場所では、より一層に懸命に嗅ぎます。これは、その場所が安全な場所かどうかを見極めるための行動です。ひとしきり匂いを嗅げば、場所の認知ができ、安心できます。我々人が、初めての場所に行くと、その場所を見渡します。これも犬の匂い嗅ぎと同様の意味を持ち、その場所が安全かどうかを確認するための行動です。
世の、しつけ論の一部では「匂い嗅ぎをやらせてはダメ」だとして叱る必要があるとするものがありますが、これは本能行動を抑制することになり、犬は大きなストレスを抱えることになります。例えば、あなたが初めての場所に行き、「目を使っちゃダメ!」と叱られたらどうでしょうか。その場所が安全かどうかの確認ができないので、不安になると思います。
犬にとって匂いを嗅ぐことは、不安の低減、コミュニケーション、脳の活性化と様々な役割があります。私のクライアントの中でも、過去に訓練士から「匂いを嗅がせるな」と躾けられた犬がいました。これにより、情緒不安定になってしまいました。匂い嗅ぎを積極的に行わせることにより、情緒のバランスを取り戻すことに成功しました。
まとめ
犬にとって嗅覚は五感の中で最も重要な器官です。人では目がそれにあたります。人間にとって視覚を失うことは大きなダメージになるのと同様に、犬には嗅覚が必要です。この優れた嗅覚を発揮することで、犬は情報を集めています。我々がネットやテレビでニュースを見るや、新聞を読んで社会の状況を知ろうとするのと同じ心理です。
もし、愛犬が匂い嗅ぎを始めたら、思う存分に嗅がせてあげたいものです。ただし、匂い嗅ぎの後にマーキングをすることもあるので、住宅地などでは、嗅いで良い場所と、いけない場所を明確にして愛犬に指示を出しましょう。
犬は、匂いを嗅ぐことで、今生きている場所が安全かどうかを判断しています。そして自分が生きている証しを匂いで残します。こうした本能の行動を尊重することは、とても大切なことではないでしょうか。
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40代 女性 セナ