キアリ様奇形という病気
キャバリアキングチャールズスパニエル(以後、キャバリア)に最も多く見られる、キアリ様奇形という病気があります。先天的な頭蓋骨の奇形によって、小脳の一部が脊柱管内に陥入してしまう状態となったり小脳が圧迫されたりして、様々な神経障害を起こすことがあります。頭蓋骨の奇形はあっても何も症状を示さない場合も多くある一方で、水頭症や脊髄空洞症という脳や脊髄の疾患を伴うことも少なくありません。
症状も奇形の程度や水頭症や脊髄空洞症の有無などによっても様々で、首を異常に頻繁に掻くまたは掻こうとする、体を異常に頻繁に床にこすりつける、ふるえ、体が横に曲がる、足のふらつき、けいれんなどがあります。
また、キアリ様奇形の犬は慢性的な痛みを感じていることが多いのですが、痛みがあるかないかの識別が難しく、飼い主も気づかないうちに痛みによって犬の生活の質が低下してしまうことが大きな問題となっています。
この問題について、イギリスのサリー大学CVSSP(視覚音声信号処理センター)とサリー大学獣医学部の研究者が、共同でキアリ様奇形からくる痛みがある犬を画像で識別できるかについての研究を行い、その結果が発表されました。
人工知能を利用した画像解析
この研究では、キアリ様奇形に関して3つのグループに分けたキャバリアで行われました。脊髄空洞症はなくキアリ様奇形による痛みもない11頭のキャバリア、脊髄空洞症はないがキアリ様奇形による痛みがある10頭のキャバリア、脊髄空洞症の症状が重度にありMRIによっても脊髄空洞症が明らかな11頭のキャバリア、の3つのグループです。MRI画像を、様々な領域に分けてマッピングし、人工知能(AI)によってどのエリアの異常がキアリ様奇形による痛みや脊髄空洞症の症状と関連するのかを解析しました。人間が行うのとは桁違いの速さと量の比較ができます。
その結果、キアリ様奇形による痛みや脊髄空洞症の発症と強く関連するMRI画像上のパターンが3つ特定され、それらはキアリ様奇形による痛みと脊髄空洞症の発症に対するバイオマーカーとなることが分かりました。
脊髄空洞症の診断は、MRIでの診断基準がはっきりしているので行いやすいのですが、キアリ様奇形の診断はより複雑で簡単ではありません。2000年に発表されたある研究以降これまで、キアリ様奇形の診断にはMRIを用いた頭蓋骨の後方の分析が用いられていたのですが、その後の研究により、頭蓋骨や頚椎の複数の部位での異常が原因となっていることが分かり、また今回の研究からもキアリ様奇形の評価には頭蓋骨全体を分析する必要があることが示されました。
キアリ様奇形についてはまだ分かっていないこともたくさんあるのですが、「MRI画像のどこをチェックすることで正しい診断に近づけるかも分かり、キャバリアのようにキアリ様奇形を多く発症する犬種の繁殖においても、繁殖に使うべきではない個体の特定するなど、MRIによるキアリ様奇形の診断が役に立つと期待できる」と研究者は言ってます。
研究者らはこの研究によってAIを活用した動物医療における新たな診断ツールが、次世代の犬の健康と福祉のために役立つ可能性を感じているとのことです。
キアリ様奇形を持つ犬の特徴
痛みが出ているキアリ様奇形のバイオマーカーを特定したことで、さらなる研究が進み新たにわかったこともあります。最初の研究と同じ研究者を含むチームが、キャバリアの顔の特徴とキアリ様奇形による痛みや脊髄空洞症との関連を調べました。キャバリアは短頭種の犬の1つです。パグやフレンチブルドッグほど極端ではありませんが、短くつぶれたマズルや、横幅が広く短い頭蓋骨という特徴を持っています。
その結果、キアリ様奇形の痛みに苦しむキャバリアでは、この短いマズルと広く短い頭蓋骨という短頭種の特徴をより強く持っていることがわかりました。短頭種の健康問題は以前から広く取り上げられていますが、極端な鼻ペチャの犬を作り出すことが深刻な健康上の問題を引き起こすという証拠がまた1つ新たに加わってしまいました。
この研究の論文は、下記のものになります。
まとめ
キアリ様奇形のせいで痛みを感じている犬を診断するために、人工知能を使った画像解析法が研究されていることについてご紹介しました。新しい確実な診断方法が開発され、犬たちが少しでも早く痛みから解放されるよう、望まずにはいられません。
キアリ様奇形はキャバリアキングチャールズスパニエルに多い病気ですが、他の小型犬種にも見られます。極端な小型化や短頭化のために起こった弊害の1つだと言えると思います。人間は見た目の可愛らしさのために犬の形を作り変え、その結果犬たちに苦しみを背負わせることになっていると思います。
研究者やブリーダーなど多くの人々が、人類が犬に負わせた大きな借りの責任を取るために努力していますが、一般の飼い主もこのような現状を知っておくことはとても大切なことです。健康を損なうような外観の犬が作られるのは、そういう姿を求める人たちが存在するからです。
「かわいい!」の前に、これは犬として生き物として本来あるべき形だろうか?と立ち止まって考えることが、全ての愛犬家にとって必要なことだと思います。
《参考記事》
不明なことも多く、確立された治療法もまだないキアリ様奇形ですが、多くの小型犬で起こる可能性があります。キャバリア以外でキアリ様奇形が多く見られる犬種はブリュッセルグリフォン、アッフェンピンシャー、チワワ、ヨークシャーテリア、マルチーズ、ポメラニアンと言われています。フレンチブルドッグやボストンテリア、パグ、ハバニーズ、ミニチュアダックスフンド、ミニチュアとトイプードル、ビション・フリーゼ、ミニチュアピンシャーでも見られることがあります。ペキニーズや狆、シーズーは短頭の小型犬ではありますが、キアリ様奇形が多く見られる犬種ではありません。
《参考記事》
https://www.surrey.ac.uk/news/ai-could-help-diagnose-dogs-suffering-chronic-pain-and-identify-facial-changes-associated-chiari
MRIで発見されるキアリ様奇形に関連する異常はキャバリアでとても多く、ある研究では92%のキャバリアで何かしらの頭頚部の形態学的異常が見られたとの報告もあります(異常があるからと言って必ずしもキアリ様奇形だというわけではありません)。また、MRIで脊髄空洞症が認められたキャバリアの確率は26,5~65.4%で、脊髄空洞症を疑わせる症状があるキャバリアに限った場合42~74.5%でMRIで脊髄空洞症が認められたそうです。
キアリ様奇形による痛みがある場合に見られる症状は、上記の研究でも用いられた痛みの有無の判断基準と同じですが、体の痛みは他の多くの疾患でも起こりますので、そのような疾患との区別が必要ですし、体を掻いたりこすったりは、皮膚や耳の病気、または小さい頃からのくせと勘違いされやすい症状です。
確立された治療法はないので、痛みのコントロールと獣医師の経験に基づいた薬による治療が主に行われます。外科手術が適用になる場合もあり、手術の方法もいくつか提唱されていますが、内服薬によるコントロールがうまくいく場合が多いとされています。
この研究の論文は、下記のものになります。
Spiteri M, Knowler SP, Rusbridge C, Wells K. Using machine learning to understand neuromorphological change and image-based biomarker identification in Cavalier King Charles Spaniels with Chiari-like malformation-associated pain and syringomyelia. J Vet Intern Med. 2019 Nov;33(6):2665-2674.
この研究において、痛みの有無は以下の症状の有無によって判断されました。
そして、第三脳室底とその付近の神経組織、トルコ鞍という部位の周囲の蝶形骨、の2か所が痛みのあるキアリ様奇形との関連が強く示された異常部位で、鼻道の奥で軟口蓋(口の天井部分の奥側で柔らかい部分)と舌の間の部位も同様の関連が示されました。脊髄空洞症の発症との関連が示された部位は蝶形骨と、軟口蓋と舌の間の部位で、つまり痛みの出ているキアリ様奇形と脊髄空洞症ではその2か所が画像上強く関連が疑われる異常部位になるとのことです。
この研究によっては画像で分かる異常の程度と症状の強さとの関連は分かっておらず、今後さらなら解析が必要だとしています。