保護施設にいる犬の攻撃性を見極めること
動物愛護センターや保護団体の施設などにいる犬が新しい家族に巡り会うためには、譲渡に的確だと判断される必要があります。他の犬や人間に対して攻撃的な面を見せた場合、その犬は譲渡不適格とされて殺処分の対象になってしまうこともあります。
そもそも愛護センターや保護施設の環境は犬にとってはストレスの多いものです。元々が怖がりな性格を持つ犬や、放浪や遺棄の末にそのような施設に来た犬にとっては、ストレスフルな状態で生活することで精神的な許容量がいっぱいになってしまい、ちょっとした刺激で攻撃性を示してしまうのも良くあることです。そのような状態で攻撃性があると判断されて譲渡の機会を失い殺処分になってしまうことは、犬にとってたいへん不公平です。
そのような背景を経て、アメリカのオハイオ州にある犬の保護施設HALOの設立者であり、神経科学および生理学者、国際動物行動コンサルタントでもあるレジーナ・ウィレン氏が、シェルターの犬へのエンリッチメントの提供が犬の攻撃性を低下させるという研究の結果を発表しました。
犬の攻撃性を低くしたエンリッチメントとは
エンリッチメントとは直訳すると「強化する」とか「豊かにする」という意味です。犬に関することで言えば、犬が生活する環境を動物福祉の観点から本来の生態や行動にふさわしいものにするため、刺激や満足感を与えるものと言えます。
愛護センターなどの保護施設でケージの中で1日中過ごし、他の犬と遊んだり人間と触れ合う時間のない状態はエンリッチメントが全くないものです。
ウィレン氏が発表した研究では、人間とコンタクトすることを中心としたエンリッチメントプログラムが、恐怖心の強い犬の攻撃性を低下させ、犬の福祉を改善するかどうかが調査されました。人間との接触はシェルターの犬のストレスを低下させることが知られています。
実験ではシェルターに新しく入ってき犬を「攻撃性のサインを見せる恐怖心の強い犬」と「攻撃性も恐怖心も見られない犬」にグループ分けしました。さらに各グループを、シェルターでの最初の5日間に1日30分の個室でのエンリッチメントプログラムを受けた犬と、何も受けなかった犬に分けました。エンリッチメントプログラムは人間とのコンタクトが中心で、犬の様子を見ながら、撫でる、話しかける、遊ぶなどが含まれます。
5日間のプログラム終了後に、それぞれのグループの犬は攻撃性を判断する標準テストを受けました。「攻撃性のサインを見せる恐怖心の強い犬」グループでは、エンリッチメントを受けていない犬のほとんどは攻撃性テストに不合格となりました。一方、同じグループでエンリッチメントを受けた犬のほとんどはテストに合格となりました。「攻撃性も恐怖心も見られない犬」のグループではエンリッチメントの有無に関わらず、全員が攻撃性テストに合格しました。
研究者は、他の施設や様々な条件下でのさらなる研究が必要だとしていますが、人間と接触するというエンリッチメントが保護施設の犬の不安や恐怖を減少させ、その結果攻撃性が低下するというのは重要な発見です。
一般の家庭犬の飼い主が覚えておきたいこと
この研究は保護施設の犬を対象に行われたものですが、一般の家庭犬の飼い主にとっても重要な情報が含まれています。
恐怖や不安を感じている犬は攻撃的になりやすい
「うちの犬は保護犬でもないし、そんなストレスを感じたことはないから大丈夫」と思われるかもしれませんが、その結論は早計です。嫌な経験をしたことがなくても、生まれつき怖がりで用心深い性格の犬はたくさんいます。
そんな犬には動物病院やトリミングサロンも怖いものの一つになりますし、突然知らない人から撫でられたり、大きな声で近づいて来る子どもなども恐怖の対象です。大切な愛犬が誰かを攻撃しないために、犬に恐怖や不安を与えない、恐怖や不安を回避したり軽減する方法を知っておくことはとても大切です。
攻撃性を示した犬に、恐怖やストレスを与えることは逆効果
上で書いたことを逆の角度から見てみると、犬が歯を見せて唸ったり、吠えながら噛み付くような仕草を見せた時に、怒鳴ったり体罰を与えることは逆効果になることがわかります。
犬が攻撃的な様子を見せたときは、ほとんどの場合が恐怖や不安といったストレスから来ています。それをさらに恐怖やストレスを与えることで抑えこむことは、一時的に攻撃性が消えたように見えても、実際には何の解決にもなっておらず問題をさらに深くしてしまうだけです。
まとめ
アニマルシェルターに入って来た恐怖心から攻撃性を見せる犬に、人間と触れ合うエンリッチメントプログラムを与えたところ、攻撃性判定テストでの合格率が高くなったという研究の結果をご紹介しました。
「恐怖や不安を感じている犬は攻撃性を示すことが多い」というのは、とても大切で基本的なことなのですが、犬と暮らしていても知らない人も多いことでもあります。犬と人間がどちらも快適で安全に暮らすために、ぜひ多くの方に知っていただきたいと思います。
《参考URL》 https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0168159118306269?via%3Dihub https://www.halok9behavior.com